国語研の窓

第30号(2007年1月1日発行)

解説:国語研究所での研究資料の保存と活用

はじめに

言葉は生きもの。日々,変化します。ある瞬間,ある場所で使われた言葉を記録した資料は,後から時代をさかのぼって作ることのできない,貴重なものです。

国語研究所では共同研究体制をとっているため,ひとつの研究テーマに複数の研究員が携わることになります。そのため,資料は研究所全体の共有のものという意識が生まれやすかったといえます。平成17年の立川新庁舎への移転を機に,創立以来60年近くにわたって蓄積した研究資料を集中管理するための「中央資料庫」が設置され,改めて研究資料の保存・活用をはかる体制が整いました。ここでは,その取り組みについて御紹介します。

様々な資料のかたち

言葉の研究のために作られる資料の形は多様です。一番多いものは紙の資料です。様々な目的で言葉の使われ方を調べた調査票(アンケートやテストなど)や,データを整理するために使っていた用例カードなど,国語研究所ならではの大規模な調査を行う過程で,大量の紙の資料が生み出されます。一般的なダンボール箱に換算すると,すでに2,500箱を超える分量です。

同時に,言葉の研究に欠かせない録音・録画資料もたくさんあります。カセットテープやVHSビデオ,オープンリールの録音テープはもちろん,一般にはあまり普及しないままに消えていった媒体も残されています。

また,国語研究所では昭和41年という非常に早い時期に大型電子計算機を導入して以来,計算機を使用した分析を多く行ってきました。その結果,大型電子計算機やワークステーション時代の磁気テープも数多く残されています。誰もが手元で電子データを扱う時代になってからの,色々なサイズのフロッピーディスク,CD-R,DVDなどもたくさんあることは言うまでもありません。

このほかに,実験器具類もあります。音声を分析する機械,本を読むときの目の動きを追う機械,発音するときの口の中の動きを記録する機械など。

資料のかたちの多様性は,そのまま研究の視点の多様性を示しています。

様々な資料のかたち

資料保存の流れ

現在,各研究プロジェクトは,そのプロジェクトが完了したら,そこで生み出された資料を資料庫にまとめて移管することになっています。研究に携わってきた研究員は,資料を研究テーマごとにまとめ,規定の保存箱に入れ,研究の内容と箱の中身について記入した移管票を添えて,資料庫担当に渡します。資料庫担当では受け取った移管資料を燻蒸(くんじょう)し,配架します。

資料庫には,紙資料保存用とメディア類保存用との2室あります。それぞれの資料に合った容器に入れ,庫内環境を整えて保存しています。

資料保存の流れ

資料活用のための手立て

60年分の資料の山の中から必要な資料を探し出すためには,検索手段となる目録が必要になります。資料の目録を作成することを資料記述といいますが,国語研究所では,資料記述の国際標準となっているXMLのタグ形式を採用した「資料情報検索システム」を開発しました。現在,研究テーマ単位の記述を順次公開しています。
  http://ead.kokken.go.jp/

今後の課題

資料保存・活用の取り組みを進めていくと,様々な問題に直面します。例えば,資料の素材が劣化してしまうこと,電子データが読み取れなくなること,あるいは,個人情報が盛り込まれているために調査票の再活用に困難が生じてしまうこと,など。

こうした課題に直面した経験をふまえ,資料庫担当では積極的に「のちのち問題が発生しないためのアイディア」を出し,所員と共有したいと考えています。資料を作成する段階でほんの少し気を付けるだけで,資料の保存・活用の可能性がぐんと広がります。「今」しか作れない「今」を映す言葉の資料を,可能な限りいい形で残していきたいと考えています。

(森本 祥子)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。