国語研の窓

第30号(2007年1月1日発行)

ことばQ&A

「お」か「御(ゴ)」か?

質問

「お」や「御(ゴ)」を何につければよいか迷います。判断基準はあるのでしょうか。

回答

美称や美化語の和語「お」や漢語「ゴ」について,たとえば,「お電話」を「御(ゴ)電話」としてよいか,という質問があります。「電話」は漢字の音読み(字音語)なので,語種をそろえると「御(ゴ)電話」となります。しかし具体的な物の名で,身近でありふれた「電話」は字音語でも「御(ゴ・ギョ)」をつけず,普通の和語「お」がつきます。普段より丁寧に畏まって「御(ゴ)電話」とする場面も想像はされますが,聞きづらい,聞いたこともない,という人がいると考えると,話し言葉では通常の言い方の「お電話」に越したことはないでしょう。

また,「おマンション」や「御(ゴ)邸宅」は間違いか,と問われます。「おマンション」は,「おビール」と同じように外来語に和語「お」を冠しています。そもそも外国語や外来語には日本語の接頭語が目立ちますし,違和感も大きいでしょう。不動産や住宅関連の専門的な特殊効果があるかもしれません。ただし,言われた相手の気持が和んで商談が進めばよいでしょうが,その言葉だけが,とってつけたように響き,かえって誠実な対応を感じさせない,という恐れがあります。また「御(ゴ)邸宅」についても,そもそも話し言葉では「邸宅」より「お宅」や「お住まい」のほうが普通です。「邸宅」をさらに褒め言葉として使おうという無理があります。過剰な表現はかえって逆効果にもなりかねません。さらに「業界ではこう言う」と無批判に言い習わしとすることにも,疑問があります。

明らかに座りのよくない表現(たとえば今回の「おマンション」)が,一挙に広まって一般に定着することは,まずありえないと思われます。一方で,今までとは違った言い方が徐々に定着したり,気付かないうちに違和感なく受け入れられたりする,といった変化は,ないとは限りません。現に,従来文章や改まった場面で「御(ゴ)家族(様)」と使われていたものが,最近口頭で「お家族の方々」と呼ばれる場面があるそうです。

敬意表現には,是非を示唆する規範や標準のないことも多いですが,少なくとも今までの言葉の伝統に外れていないか,現代社会に違和感なく受け入れられるか,を一つ一つ考えることが必要です。時には,美化や美称そのものが本当に必要かどうか,たちもどってみることもです。

(山田 貞雄)

※この欄は,当研究所に実際に寄せられた「ことば」に関する質問に基づいています。

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。