国語研の窓

第32号(2007年7月1日発行)

暮らしに生きることば

言葉遣いに困るとき

日頃の生活の中で,今この人にどのような言葉遣いで話したらいいのか,迷った,困った,という経験はないでしょうか?

大学生を対象とした面接調査でこんな質問をしたところ,一人の女子学生から次のような答えが返ってきました。

同い年の友達と1年上の先輩と3人で話しているとき,敬語を使えばいいのか,普段友達と話すときの「タメ語」を使えばいいのか迷う。友達に「これこれだよね」という感じで話しても,同じ空間の中で先輩にも伝わっているわけだから,不快に思われるのではないかと思ったりする。でも,だからといって友達に「これこれですよね」と言うのもおかしいし…。

これは,日常ごくありがちな場面です。それでも,自分がその立場になったら,やはりどうしようかと迷う人は多いのではないでしょうか。それぞれの人と別々に話すときには各々に合った話し方ができても,3人一緒だと,「後輩」と「同年の友達」という自分の異なる二つの役割を同じ一つの言葉遣いの中で両立させられない,というわけです。

私たちは,様々な人に接するごとに,「です」「ます」を使うか,「わたくし」と言うか「あたし」と言うかなど,言葉の使い分けを調節しています。しかし,こうした話を聞くと,私たちが選んだり調節したりしているのは実は言葉そのものだけではないことに気づきます。今ここで話しているのはどんな「自分」か,どのように「相手」や「場の状況」に向き合っているかを,使う言葉によって表しているのです。ですから,言葉自体の使い分け方は分かっていても,それによって表す自分をどうしようかと決めかねて,困ることもあるのではないでしょうか。

ちなみに,上述の学生さんに,「先輩とお友達,二人に同時に質問を投げかけるときはどっちに合わせるんでしょうねえ?」と質問してみました。答えは,「『これどう思う?思います?』って言いますね(笑)。」でした。

(熊谷 智子)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。