第32号(2007年7月1日発行)
本ブックレットは,平成17年3月20日・21日に国立国語研究所で行われた日本語教育短期研修「教室活動における『協働』を考える」の講演の内容に基づくものです。
ここで言う「協働collaboration」は,異なる背景を持つ複数の人が,共通の目標の実現のために,それぞれの能力を発揮し,互いに影響し合いながら(学び合いながら)協力することを指します。単に力を合わせるだけでなく,「相互に影響し合う」という点が重要です。
このような意味での「協働」は,今日,社会の様々な場面に登場します。特に,地域の町作りや福祉事業,企業の新製品開発などの現場では,「協働」は基本的なキーワードになっています。
町作りにおいては,自治体の担当者が地域住民の意見を集約し,調整をしながら計画を具体化するという方法がよくとられます。企業が新製品を作る際にも,消費者の意見を聞くためのモニターの募集がよく行われます。しかし,利用者の意見を聞いたからといって,結果が必ずしもよくなるわけではありません。立派だが維持が大変な施設や,使う分には便利だが廃棄がやっかいな商品は,結局使われなくなります。私たちが何かを作り出す際には,作り手と利用者だけでなく,そのものにかかわるすべての当事者がそれぞれの立場から知識と知恵を出し合い,互いに補い合うことが不可欠なのです。また,実際の活動を通じて,そのような協働的な活動が一人ひとりの力の総和以上のものを生み出す原動力になることもわかってきました。
日本語教育の世界でも,「学習者の多様性」「学習者主体」に対する認識の深まりとともに,「協働」が重要なキーワードとなっています。ピア活動(peerは「仲間・同僚」の意)と呼ばれる学習者間の協働を重視した教育実践を試みる人も増えています。本ブックレットでも,協働学習(collaborativelearning)の方法の一つである「ピア・レスポンス」(学習者どうしで作文を読み合い,意見交換や情報提供を行いながら,文章を完成させていく活動),ならびに「ピア・リーディング」(学習者どうしが互いに助け合いながらテキストの読解を行う活動)について,その要点がわかりやすく解説されています。
教室活動も,教師と学習者だけからなる授業の形式から脱皮し,日本語教師以外の人が様々な形で学習の支援に参加するようになっています。大学などでは,日本語教師と大学の専門科目の教師との協働による授業がすでに行われていますし,地域日本語教育においても,日本語教師と行政関係者との協働による様々な取り組みがなされています。
「協働」の考え方は,社会においてますます重要性を増すことでしょう。本ブックレットが,「協働」へのよい入口となることを願っています。
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。