国語研の窓

第33号(2007年10月1日発行)

研究室から:分かりやすい言葉遣いの提案

『公共媒体の外来語 ―「外来語」言い換え提案を支える調査研究―』を発行しました

「外来語」言い換え提案

国立国語研究所では,平成14年8月から平成18年3月まで,有識者からなる「外来語」委員会を設置し,「『外来語』言い換え提案―分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫―」という活動を行ってきました。

これは,公共性の高い媒体に,国民にとって分かりにくい外来語が氾濫している現状を改善することを目指すものでした。外来語を言い換えたり説明を付けたりする,分かりやすい言葉遣いの工夫を具体的に検討し,省庁や地方自治体,報道機関などに対して,提案を行いました。

4回に分けて提案を発表した後,総集編をまとめ,『分かりやすく伝える 外来語言い換え手引き』(平成18年6月,ぎょうせい)という本を刊行しました。インターネットでも提案内容を公表しています。

この活動を行うのと並行して,国立国語研究所では,公共性の高い媒体において,分かりにくい外来語がどのように使われているか,また,外来語に対する国民の意識はどのようなものであるかを把握する調査研究を実施してきました。その調査データは,委員会に提出し,「外来語」言い換え提案を支えてきましたが,調査研究の成果自体を公表してほしいという要望も,多く寄せられていました。

  「外来語」言い換え提案:http://pj.ninjal.ac.jp/gairaigo/

調査研究の報告書の発行

「外来語」言い換え提案を支えてきた,国立国語研究所による外来語に関する調査研究の成果を,平成19年3月に,報告書『公共媒体の外来語 ―「外来語」言い換え提案を支える調査研究―』として発行しました。この報告書は,次の3部からなっています。

  • 第1部 「外来語」言い換え提案で取り上げた外来語
  • 第2部 外来語についての世論調査と分析例
  • 第3部 コーパスを活用した外来語の研究

第1部は,「外来語」言い換え提案で取り上げた176の外来語一つ一つについて,使用頻度や国民への定着度の調査結果をグラフと解説にまとめました。また,分かりにくさの要因や,分かりやすく言い換える工夫について,委員会で論点となったことを記しました。言い換え提案を行うために,個々の外来語の使用実態やコミュニケーション上の問題を詳しく把握し,多角的に検討した成果が一望できます。

第2部は,国民数千人に対して実施した数種の世論調査についての概要を報告し,調査データを活用した論文を3編載せました。実施した世論調査は,個々の外来語の国民への定着度や,外来語に対する国民や自治体職員の意識をとらえようとしたものです。各調査の結果は,すでにインターネットなどで公表していましたが,今回は論点を絞り込み深く分析することを試みました。各論文は,外来語が引き起こすコミュニケーション上の問題が,現代社会における根深い言語問題であることを示しています。

第3部には,公共性の高い媒体である,白書,新聞,広報紙などに,外来語が実際にどう使われているかに関して,種々の視点から記述した論文を9編収録しました。「コーパス」と呼ばれる大量の電子化資料を,コンピューターを使って分析する,新しい研究方法に基づく論文をそろえました。この方法を採ったことによって,規模の大きさと精密さの点で従来の外来語研究を超えるレベルに到達することができました。

報告書の閲覧・入手の方法

この報告書は,市販をしていませんが,同じ内容を国立国語研究所のホームページに掲載し,閲覧や活用の利便に配慮しました。次のアドレスに掲載した内容を御覧ください。

  公共媒体の外来語:http://pj.ninjal.ac.jp/gairaigo/Report126/report126.html

「病院の言葉を分かりやすくする提案」(仮称)を企画しています

「外来語」言い換え提案を継承する活動

左のページで述べた,「外来語」言い換え提案は,役所や報道機関で使われている分かりにくい外来語について,国民に分かる言葉で言い換えたり説明を付けたりすることが大切であるという認識に立ったものでした。誰にでも分かる言葉で説明するための具体的な工夫を,情報を発信する側の指針として役立ててもらえるように,提案したものです。

この活動を行うなかで,国民にとって分かりにくい言葉の中心は専門用語であること,専門用語を分かりやすくするためには,その分野の専門家による言い換えや説明の努力が欠かせないことが,分かってきました。そこで,「外来語」言い換え提案を継承し,発展させる活動は,分野を限り,その分野の専門家を巻き込んだ活動にすることを考えました。

病院の言葉は分かりにくい

国立国語研究所が国民4,500人を対象に行った世論調査で,どの分野の外来語を言い換えてほしいかを質問したところ,図のような結果が得られました。

「政治・経済」と並んで,「医療・福祉」の分野がもっとも多くなっています。世論調査では,医師が患者や家族に話すとき,言い換えたり説明を加えたりしてほしい言葉についても質問しましたが,国民の約85%が,医師に対して,言い換えたり説明を加えたりしてほしい言葉があると回答しています。このように,病院などで見聞きする医療の言葉は,国民の多くが分かりにくいと感じ,医師などの専門家に対して,言い換えたり説明を加えたりしてほしいという希望をもっています。

こうした調査の結果もふまえ,分かりにくい専門用語を分かりやすくする工夫を提案する活動の対象を,医療の分野に定め,医療に従事する専門家と協力して,問題の改善に取り組むことにしました。

医療をめぐる状況の変化

医療の専門用語を分かりやすくしてほしいという国民の希望が強い背景には,近年の日本社会の変化があると考えられます。個人の価値観が尊重され,国民一人一人が生活に必要な情報を自ら集め,理解し,判断することが重要になってきています。これまでは,専門家の判断に任せがちであったことがらについても,自らの責任において決定を行うことが求められる社会に変わってきているのです。とりわけ,病院で診療を受ける場合,患者が病状や治療について,医師や看護師など医療従事者の説明を理解し,一人一人が自らの医療を選択することが求められてきています。

分かりやすい説明の手引きとして

患者にとって分かりにくい専門用語を,患者が的確に理解できるようにするには,何よりもまず専門家である医療従事者が,専門家でない患者に対して,分かりやすく伝える工夫をすることが必要です。医療従事者が分かりやすく伝えようと努力することで,患者の理解しようとする意欲も高まるはずです。

そこで,医療従事者が患者に分かりやすく説明しようとする際に,参照できる手引きとなるものを提供することを目指し,「病院の言葉を分かりやすくする提案」(仮称)を企画しました。

「病院の言葉」委員会の活動予定

この提案を行うために,国立国語研究所に「病院の言葉」委員会を設置します。委員会は,医師,看護師,薬剤師などの医療従事者と,ジャーナリスト,報道機関の専門家,言語学者などの言葉の専門家を中心に,二十名余りで構成します。

平成19年4月に準備委員会を設置し,検討のための基礎的な調査研究に着手しています。10月からは,正式な委員会を発足させ,検討を本格化させます。検討の結果は,まず中間発表を行い,様々な立場からの意見を聞き,再検討を行い,本発表としてまとめていきたいと思います。中間発表は平成20年の秋,本発表は平成21年の春を予定しています。

(田中 牧郎)

病院の言葉を分かりやすくする提案:http://pj.ninjal.ac.jp/byoin/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。