国語研の窓

第33号(2007年10月1日発行)

文字さんぽ

異体の仮名

街を歩いていたら,次のような看板に出会いました。さて,この看板が出ているお店では,いったい何を売っているのでしょうか。


2007年3月八王子市内で撮影

(1)から(3)の看板は,実際に街の中にあったものです。それぞれに異体の仮名―いわゆる「変体仮名」が使われています。

平仮名は漢字の草書体からできています。「あ」は「安」,「い」は「以」,「う」は「宇」のように,平仮名には元の漢字があります。元の漢字が異なるものや,元の漢字からの草体化(崩し方)の程度が異なるものは,「変体仮名」と呼ばれます。

(1)は「せんべい」で,3文字目に「へ」,4文字目に「い」をあらわす「変体仮名」が使われています。「」の元の漢字は「遍」です。「部」からできている「へ」とは,元の漢字が異なります。一方,「」の元の漢字は,「い」と同じ「以」です。こちらは草体化の程度が異なるものです。

(2)は「しるこ」と読みます。1文字目は「し」,3文字目は「こ」の「変体仮名」です。「」はほとんど草体化されておらず,元の漢字と同じ形です。「変体仮名」と漢字とは,字形だけでは区別ができない場合があります。現代の平仮名は,元の漢字と大きく形が変わっているので,漢字とは別の文字種を形成しているように見えます。しかし,「変体仮名」を見ていると,漢字の意味を使わずに漢字の音だけを用い,元来は漢字の一用法であった仮名の本質を確認することができます。なお,「」の元の漢字は「古」です。

(3)は,右から順に「きそば」と書いてあります。

」は「楚」,「」は「者」が元の漢字です。東京の蕎麦屋では,この表記を暖簾に使うことが多いようです。

大学生に冒頭の質問をすると,「せんべい」「しるこ」「きそば」と答える学生は,極めて少ないです。看板なので,一見して理解できない文字を使うのは望ましくないかもしれませんが,何かわからないので,かえってじっと見つめてしまう効果があるのかもしれません。

(高田 智和)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。