第34号(2008年1月1日発行)
この研究は,医療の専門家と非専門家である患者・家族のコミュニケーションに関わる言語問題を社会言語学的調査に基づいて解明し,問題の解決・改善策を提案することを目的としています。
今,医師をはじめ,医療従事者・医学研究者の方々と連携協力して調査研究を進めています。
近年,医学・医療の目覚しい進歩に伴い,この分野の情報は急速に増加し,非専門家にとって難解な外来語,アルファベット略語,漢語の専門用語が数多く登場しています。
また,医療現場では,患者中心の医療の実践が求められ,情報の共有による患者参加型の意思決定や,患者・家族と医療従事者との協力関係の構築を重視する改革が始まっています。
安全で信頼される,患者満足度の高い医療を,という社会的要請に応えるためにも,医療の専門家と非専門家のコミュニケーションの適切化を図ることは重要な課題です。
これまで実施した国民対象の世論調査や,医療現場の調査によって,大きく分ければ,次の二つの課題があることが分かりました。
ここでは,(1)の課題の調査研究の成果,特に,効果的なポライトネス・ストラテジーを紹介します。
(2)の課題は,「病院の言葉」委員会が「病院の言葉を分かりやすくする提案」で遂行していきます。
患者・家族と医療従事者がラポール(共感を伴う信頼)に基づく協力関係を築き,闘病の同志として対処行動に踏み出すには,ポライトネス・ストラテジー(調和のとれた人間関係を築き,維持するために行う,相手に配慮した言語行動)を効果的に使う必要があります。
医師を対象に,診療時に方言を使う効果を調査しました。その結果,患者‐医師間の心理的距離を近づけ,ラポールに基づく協力関係の構築に役立つポジティブ・ポライトネス効果があることが分かりました。また,患者から有用な医療情報を円滑に引き出せるという利点があることも分かりました。
敬語を使って相手に敬意を表すのは,礼儀正しく接することで相手の立場を侵さないように,心理的距離を保つ働きかけで,ネガティブ・ポライトネス・ストラテジーに分類できます。患者・医師双方を対象に,患者に対する敬語の使い方について,どう考えるか調査しました。その結果を図に示します。
医師の側は,なるべく簡素な敬語を必要最小限に使うべきだと考える人が圧倒的多数です。患者の側はさらに簡素な敬語を期待していて,丁寧語「~です・~ます」だけで十分だという人が約半数です。
かしこまらない簡素な敬語を使うのは,より気さくに接することでもあります。お互いの心理的距離が縮まり,ポジティブ・ポライトネス効果も生みます。ラポールに基づく良好な患者‐医師関係,闘病の同志というべき協力関係を築くのに有効です。
このほかにも,次のようなポライトネス・ストラテジーが効果的であることが分かりました。☆患者の望みに耳を傾ける。☆患者の努力をほめる。☆患者を医療チームの一員に加える。☆不安でいっぱいの患者に楽観的に言う。☆患者に有益な情報をメモやパンフレットで渡す。☆患者の協力に感謝する。☆患者に精神的苦痛を与えないようにやわらげて言う。☆患者に苦痛を与えざるを得ないことを詫びる。
今後もさらに,調査研究に基づいて,医療コミュニケーション適切化の具体策を検討し,その成果を医療現場に提供していきます。
(吉岡 泰夫)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。