第35号(2008年4月1日発行)
国立国語研究所は,今年,創立 60周年を迎えます。設置を根拠付けた『国立国語研究所設置法』が昭和 23(1948)年 12月20日に公布され,即日施行されて60年。人で言えば,還暦の年回りですから,一つの大切な節目です。
この60年間,国立国語研究所は,さまざまな変化を遂げてきています。
例えば所在地。現在の立川市緑町は4か所めです。明治神宮外苑,神田一ツ橋,北区西が丘と東京都区内を移転したのち,多摩地区に移りました。
制度の面での変化もありました。設置の根拠となる法令が前記の単独法から文部省組織令という政令に変わったり,所轄官庁が文部省から文化庁に変わったり,さらに省庁の所轄研究機関から独立行政法人に変わったりした変化です。
社会の変化に伴って,研究の内容や領域も変化しました。例えば,創立当時には想像すらできなかったコンピュータが出現し,とりわけ研究手段の面で大きな変化をもたらしました。近年進めている大規模な言語データベース作りの研究事業も,この展開の中に位置付くものです。また,日本語を母語としない多くの人たちが国の内外で日本語を求める時代が進展する中で,研究所は1970年代半ばから日本語教育の研究事業を担い始め,その後30年以上,この領域での蓄積を続けて現在に至っています。
さまざまな変化を遂げた研究所ですが,しかし,創立以来変わらずに一貫していることもあります。
例えば,国立国語研究所は創立のころから,所の内外に及ぶ共同研究を実現させてきたことがそれです。人文科学にはなじみにくいとされがちな共同研究ですが,全国規模の方言地理学的な研究,大量のデータを対象とした計量言語学的な研究,多人数を対象とした社会調査手法による言語生活調査など,国立国語研究所が共同研究体制によって開拓し成果を挙げた研究領域は数多くあります。
研究体制よりも基本的なことがらで,創立以来変わらず一貫しているのは,研究所の任務の在り方です。60年前に公布・施行された『国立国語研究所設置法』第1条に掲げられた研究所の任務は次の通りです。
この任務規定は,前に挙げたような制度面での変化の節目を越えて,長く持続されました。
平成13(2001)年に国立国語研究所は独立行政法人となったのですが,その根拠法である『独立行政法人国立国語研究所法』においても,研究所の任務の在り方・構造は,基本的には変わっていません。この法律の第3条は次の通りです。
一貫して変わらないと強調したいのは,「国語及び国民の言語生活(並びに日本語教育)に関する科学的な調査及び研究」を行うことを掲げている点です。「あわせて国語の合理化の確実な基礎を築く」の「あわせて」という表現,あるいは「…を行うことにより,国語の改善(及び日本語教育の振興)を図ること」の「…により」という表現は,国語研究所の任務や目的の中で「科学的な調査及び研究」を中心・基盤に位置付けていることを表しています。
「研究所」であるからには,「科学的な調査及び研究」を任務の中心あるいは基盤に位置付けるのは当たり前と言うべきかもしれません。
しかし,創立60周年を迎え,私なりにその歴史を振り返るとき,この任務の在り方・構造は,改めて積極的な姿勢で吟味し,その実現に向けて引き続き力を尽くすべきものだと強く感じます。
<変わったこと>を見過ごさないこと。それと同時に<変わらなかったこと>を吟味し続けること。創立60周年を機に,所員一同,それぞれの持ち場で,そのような視点で自らの仕事や勤務先を振り返り,将来を見据えたいと念じます。
国立国語研究所が御縁をいただく多くの皆さまには,引き続き,御理解と御支援を賜りますようお願い申し上げます。
(所長 杉戸 清樹)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。