第35号(2008年4月1日発行)
去る1月26日(土),国立国語研究所2階講堂において,「平成19年度公開研究発表会」が開催されました。
近年,日本国内に在住する外国人の中には,進学・就職など特定目的のためではなく,「生活のために」日本語を学んでいる人々が増えてきています。例えば,日本人の配偶者として来日する人々などがそれにあたります。また,就労や勉学のために来日した人々にも,「仕事や勉強以外の日常生活をより充実したものにしたい」という気持ちはきっとあることでしょう。「生活のために必要な日本語の力とはなにか」,「その力はどのようにして伸ばせるのか」,「外国人と日本人とが,日本語を使ってお互い心豊かに暮らしていくために,日本人側として何ができるのか」,ということが,いま日本社会において問われています。
国立国語研究所日本語教育基盤情報センターは,現在「生活のための日本語」,つまり「生活日本語」の学習をめぐる調査研究を,さまざまな角度から進めています。今回の研究発表会では,日本語教育基盤情報センターの4つの研究グループがそれぞれ何を目指し,何を明らかにしようとしているのか,これまで何が明らかになってきたのか,ということを提示しました。さらに,所外の教育者・研究者の方々との対話を通じ,「生活日本語」についての議論を深めました。
発表会ではまず,センターの四人のプロジェクトリーダーが,それぞれのグループの研究内容について口頭発表をおこないました。その後,お二人のコメンテーター(西原鈴子氏,才田いずみ氏)を交え,質疑応答を含めたディスカッションがおこなわれました。口頭発表の内容は,以下の通りでした。
(1)「生活のための言葉:国内外先行事例から学ぶこと,実態調査から明らかにすること」(金田智子)
日本で生活するために必要となる日本語とは何かを探り,生活者にとって必要な「学習項目」の一覧を作成するために,このグループでは国内外での先行事例を調査しています。発表ではそれら事例の比較対象の結果を紹介し,併せて今後研究所で実施していく独自調査の方針について述べました。
(2)「評価の『ゆらぎ』を問い直す:評価観・評価プロセスを探る研究」(宇佐美洋)
日本人と外国人とが,日本社会の中でよりよく付き合っていくためには,外国人の日本語運用が,教師ではない,ごく普通の日本人によってどのように評価されているのかを知ることが必要になります。本発表では,日本人評価のあり方を,その評価プロセスのバリエーションも含めて明らかにすることが必要であることを述べるとともに,今後は日本人自身も自らの評価観を問い直すことが求められていくことを論じました。
(3)「よく分かる日本語辞書とは」(井上優)
現行の辞書の意味記述は,母語話者の視点でなされていることが多く,非母語話者にとっては決して分かりやすいものにはなっていません。非母語話者が日々の生活の中で日本語を理解・産出していくため,ほんとうの意味で役に立つような辞書記述とはどのようなものか,ということについて論じました。
(4)「日本語教育データベースの構築:その課題と可能性について」(野山広)
日本語教育基盤情報センターでは,日本語教育研究の「基盤」となりうる各種情報を集積し公開する「日本語教育データベース」の構築を計画しています。本発表では,そのデータベースの基本理念を示すとともに,データベースに搭載される予定のデータ例を示し,その利用の可能性などについて論じました。
発表会には,講堂がほぼ満員となる,約150名の方々が参加してくださいました。さまざまな質問やご意見をいただくことができ,「生活日本語」というテーマに対する高い関心をうかがうことができました。
(宇佐美 洋)
ディスカッションの場面
平成19年度公開研究発表会 : kokken.go.jp/event/koukai_kenkyu/19/
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。