国語研の窓

第39号(2009年4月1日発行)

「ことば」フォーラム報告

第35回「病院の言葉を分かりやすく」

後援:東京都医師会・東京都薬剤師会・東京都看護協会

天候に恵まれた3月7日(土),国立国語研究所講堂において,「病院の言葉を分かりやすく」をテーマに開催しました。今回のフォーラムでは,国立国語研究所「病院の言葉」委員会が活動を行ってきた「『病院の言葉』を分かりやすくする提案」の最終報告を発表し,3人の委員が日ごろの医療や活動の取り組みを講演し,会場いっぱいの約180名の参加者とともに医療におけるコミュニケーションの大切さについて考えました。

はじめに,今回の提案の実務的なとりまとめを担当した田中牧郎(国立国語研究所)が,提案の概要を報告しました。患者中心の医療の広まりによって患者にとって分かりにくい医療用語が問題になってきた背景や,患者に言葉が伝わらない原因を分析するために実施した調査について説明しました。そして,医療者一人一人が言葉遣いを工夫することによって問題を改善していく基本的な考え方を提示したものが,今回の提案であることを述べました。

なっとく説明カード

次に,「診察室のやさしい言葉」という講演を行った矢吹清人医師(宇都宮市・矢吹クリニック院長)は,「大きな病院には絶対なく小さな診療所に必ずあるものは?」という謎々から語り始めました。謎々の答えは「狭さ」。患者との距離が近いことが優しさにつながるというのです。言葉遣いの癖などをとらえて「患者の言葉」で話す効用や,良い検査結果が出たときはともに喜ぶことの大切さなどを述べました。そして,骨折の説明に使っている割り箸や,病気の見通しや注意点を書いて患者に渡す「なっとく説明カード」など,自ら編み出した道具を紹介しました。

さらに病院勤務医の立場から,三浦純一医師(福島県・公立岩瀬病院医局長)が,「患者を支える医師の言葉」について講演しました。がんなどの重い病気の患者との会話は,普通ではない緊張した場面が多いとして,不安や恐怖などで様々に揺れ動く患者の心に応じて,医師が率直にすべてを話すことが効果的な場面と,遠回しな婉曲表現が必要な場面があることを,ポライトネス理論を用いて説明しました。がんの告知から始まり,「ご臨終です」という重みを持った言葉で別れを告げるまで,患者と医師のコミュニケーションの工夫を述べました。

患者を支援する活動を行っている和田ちひろ委員(いいなステーション代表)は,患者の視点から考えていることを話しました。まず,37の患者支援団体の協力を得て行った,理解できなかった言葉の調査結果を紹介し,「みんぜん(眠前)」(寝る前),「ひふくぶ(腓腹部)」(ふくらはぎ)といった耳で聞くだけでは分からない言葉など,国語研究所の調査では得られなかった多くの事例を示しました。そして,医療者に任せる医療から,患者も自分で勉強する時代になったとして,患者用図書館などを整備していく必要性を述べました。

全体討議では,司会の吉岡泰夫(国立国語研究所)から救急隊員による一刻を争う場面で短時間に的確な説明を行う方法を問う質問が紹介され,三浦委員が,放置するとどうなるかを分かってもらい,すぐに処置を行う必要性を理解してもらうことの大切さを述べた上で,色々な場面を想定した問答集を作っておくことが有効だと助言しました。また,患者の心の動きに配慮したコミュニケーションをどう取るかというテーマの討議では,矢吹委員が,医師と患者はダンスを踊るようなもので,医師が少しリードしつつ,一緒に付いていることが大事であると述べました。

予定時間を越えた約3時間のフォーラムは熱心な参加者の盛大な拍手と共に閉会しました。なお,当日,先行販売された『病院の言葉を分かりやすく-工夫の提案-』(勁草書房)に多くの方が関心を寄せている姿が印象的でした。

(田中 牧郎)

第35回「ことば」フォーラム 病院の言葉を分かりやすく

  第35回「ことば」フォーラム:http://www.kokken.go.jp/event/forum/35/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。