ことばの疑問

「御遠慮ください」

2014.04.23 山田貞雄

質問

「~は御遠慮ください。」という表現は不適切だ,ということを読んだことがあります。本当でしょうか。

回答

「遠慮」という語は,はじめ「遠く先までも見通すこと」でした。これは,現代で「深謀遠慮」という言葉で使うときと同じ意味です。この用法は,平安時代以来,漢文の記録や漢文訓読体の軍記物などで使われていました。その後,室町時代から近世にかけて,「言動を差し控える」という意味で使うようになっていたようです。またさらに,「自分から断わる,辞退する」という意味でも使います。この用法はさらにすすんで,現代でいう,お祭りなどを「自粛する」ことにも使いましたし,また,江戸時代には,「謹慎」の刑罰のことや,病や物忌を理由に,出仕や面会を「自重」する意味でも用いました。

これら「辞退・自粛・謹慎・自重」は,なんらかの自分の行動を差し控える行為です。その根底には,いわば,世間をはばかる精神が流れているのかも知れません。しかし,用語や語法そのものには,謙譲の用法(あえて言い換えてみれば,「差し控えさせていただく」の「させていただく」の部分),すなわち待遇の本体がある,というわけではありません。

さて,「御~くださる」は相手の行為を高める,尊敬語に属する敬意表現です。「御遠慮」は和語でいえば「お控え」にあたり,全体で「お控えください。」と言い換えられます。「御遠慮ください。」ばかりが罪深いように言われるのは,どうしてでしょうか。第一に,和漢の語種の違いがあります。和語の効果として,柔らかく感じられ,その分,婉曲の度合いは大きく,禁止の度合いも,より弱く感じられる,ということはあるかもしれません。

たとえ漢語「遠慮」を使ったとしても,さらに敬意表現を伴った「御遠慮いただいております。」などの方が,紋切り型の「御遠慮ください。」よりも,少しは“まし”に思われるでしょう。これは,「御遠慮ください。」と言い切っていないので,話し手の謙譲の心持ちが,少しでも聞き手に伝わるからでしょう。

「御遠慮ください」が不適切な表現だ,と判断されるのには,おそらく,いくつかのことが同時に複合していて,全体の表現として「心地よくない」から不適切だ,と解釈できるのかもしれません。「間違いかどうか」の範囲を,用語本来の厳密な意味・用法に限定せずに,表現やその効果にまで拡大するとしたら,「やめておくに越したことはない」という話です。

このことを,商業的な応接マニュアルなどで,理由もなくルール化する必要はないかも知れません。が,言葉の性質を見極めて,よりよい別の方法(例えば,「飲食物のお持ち込みは,御容赦願います。」など。)を積極的に探すのがよいでしょう。

書いた人

山田貞雄

YAMADA Sadao
やまだ さだお●伝統的な日本語学(旧国語学)を勉強したのち,旧図書館情報大学では,写本と版本の二種によって,『竹取物語』を読みとく授業や,留学生のための日本語・日本事情を担当。その後,国語研究所では,「ことば(国語・日本語・言語)」に関する質問に回答してきました。日常の言語生活や個々人の言語感覚が,「ことば」のストレスにどう関わるか,そこに “言語の科学”は,どこまで貢献できるか,が,目下最大の興味の的です。