デパートでの言葉遣いはとても丁寧だと思うのですが,個人商店ではぞんざいな気がします。お客さんに対して使われている言葉には,店の種類による違いがあるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005,国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として,若干の修正を加えた上で公開します。
あなたが店員さんだったとして,お客さんに「閉店は何時ですか?」と尋ねられたら,どう答えますか?
A : 「7時」「7時まで」
B : 「7時です」「7時になります」
C : 「7時でございます」「7時になっております」
実際に,デパート,スーパー,個人商店など,関西にあるいろいろなお店で,閉店時間を尋ねてみました。すると,様々な答えが返ってきました。その結果を録音し,敬語の段階を考慮して三つに分類したのが下の図です。
C : 「7時でございます」「7時になっております」のように,「ございます」「おります」が付いた形が使われる率は,デパートで最も高く,スーパー,個人商店の順に低くなっています。けれども,デパートで使われる言い方全体から見ると,「ございます」「おります」は2割弱に過ぎず,「です」「ます」が全体の7割近く用いられていました。
デパートでのアルバイト経験者によれば,「です」「ます」体は失礼に当たるとして,「ございます」「おります」体を使うように指導されたということです。ある百貨店の接客マニュアルでも,「使ってはいけない言葉遣い」として「○○です」を明記し,「○○です」に対応する「好ましい言葉遣い」として「○○でございます」を掲げています。指導やマニュアルと,現場での実態とはかなり違っているわけです。
ところが,デパートの総合案内に電話をかけ,閉店時間を聞いてみると,売場とは違った結果となりました。「7時でございます」「7時になっております」が全体の7割も使われ,更に丁寧な「7時まで営業いたしております」が1割以上も現れました。電話での対応は,比較的,接客マニュアルに忠実であるということが言えるようです。
一方,Cと対照的なのが,A : 「7時」といった敬語表現のない形です。個人商店で最も高く,スーパー,デパートの順に低くなっています。
しかし,Aのような言い方が多いからと言って,必ずしも話し方がぞんざいというわけではありません。丁寧語は存在しなくても,丁寧さは表すことができるからです。個人商店の例を挙げてみましょう。
「いつもは7時なんやけど,うちね,今日たぶん,ぼく早く帰りたいから,6時半ごろに閉めたいんやわ。」
「大体6時半ぐらいに閉めてるんやけど,急ぎはるようやったら,ここのシャッター開けてくれはったら,この中に,家にいるんで。」
ここには,相手の気持ちを考えて,理由や事情を詳しく説明するなど,画一的なマニュアル敬語にはない,十分な配慮があります。大規模店に押されながらも,地域にしっかり根づいている個人商店が多いのも,こういうところがポイントになっているのかもしれません。
(井上文子)