人と話をしていて、自分ではちゃんと聞いているつもりなのに、相手から「ちゃんと聞いている?」、「この話、つまらない?」などと言われることが時々あるのですが。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
話の聞き手に期待されることとは、当然ながら「話を聞くこと」です。そして、もう一つは、「聞いていることを相手にも示すこと」だと言えます。聞き手が話を聞いているかどうかは話し手には分からないので、聞き手はそれを示す必要があるのです。問いのようなことが起こるのは、この二つ目の方がうまくいっていない場合ということになります。
では、そもそも、「人の話を聞く」というのはどのようなことなのでしょうか。まず、相手が話しているのを無視しないで、聞き手の立場をとるというのが基本になります。そして、相手の言うことを正しく聞き取り、意味をよく理解しようとすることだと考えられます。これは、情報の受け渡しなどでは重要なことです。
また、時には、相手の言っていることに関心や共感を持って耳を傾けることもあるでしょう。内容を論理的に理解するというよりも、むしろ気持ちの上で相手の話に近づくことに重点を置いた聞き方と言えます。
どのような聞き方が適切かは、そのときの状況や話の内容、あるいは話し手との関係にもよるでしょう。会議の日時と場所を伝えられたのであれば、内容を正確に聞き取ることが主になりますし、器具の使い方の説明を聞いているのなら、きちんと内容を理解する必要があります。また、悩み事の相談を受けているなら、共感を持って寄り添ってあげるような聞き方が求められることでしょう。
それでは、日々の会話などで、「聞いていることを示す」のはどのような形でなされているのでしょうか。
まずは、そっぽを向いたりせずに、体の向きや視線などで、「あなたの話を聞こうとしている」という態度を示すことが挙げられます。また、うなずいたり、相づちを打ったりすることで、「聞いている」、「伝達されたことを確かに受け取った」というシグナルを出すことができます。
ただし、相づちもただ打てばいいというわけではなく、打ち方によっては聞き手の理解や関心の有無が表明されることを忘れてはいけないでしょう。相づちが少ないと、話し手は聞き手が話に興味がないのではないか、あるいは納得できないのではないかと、不安になることでしょう。逆に、言い終わらないうちに矢継ぎ早に「うん、うん、うん」などと言われると、聞き手がうるさがっているのかなとも思うかもしれません。しかしその一方で、相づちの声の調子やそれに伴う表情、うなずきなどによって、聞き手の興味や賛同の気持ちが伝わりもします。
また、単に相づちを打つだけでなく、「へえ、○○なんですか」と相手の言ったことを繰り返したり、「○○ということですね?」と自分の理解が正しいかを確認したり、「その○○というのは?」と質問を挟んだり、といったことがなされると、聞き手の側の理解の度合いと話に関心を寄せる態度との両方が示されるのではないでしょうか。
会話における聞き手は、一見、受け身の役割を担っているように見えます。しかし、聞いていることや理解していることが聞き手によって示されなければ、話し手は物足りなさを感じ、時にはこのまま話を続けていいのか不安になることでしょう。一方、聞き手が理解や関心を示すことによって、話し手は気持ちよく話すことができ、やり取りも弾むことでしょう。
会話が成立するためには、聞き手の側からも積極的な参加や協力がなされることが不可欠です。そしてこのことは、同時に、会話は話し手と聞き手の両者によってこそ作り上げられるものである、ということを意味しているのです。
(椙本総子)