パート先で一緒に働く女子高校生から、携帯電話でメールをもらったのですが、暗号や打ち間違いのような部分が多いため、内容を十分理解できませんでした。どういうことなのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
携帯電話を用いたメール、いわゆる携帯メールは、コミュニケーションの道具の一つとして定着し、その後さらにLINEも使われるようになりました。殊に10代、20代の人たちの間でやり取りされている携帯メールでは、従来の手紙とも、またパソコン上で打つEメールとも異なる、独特の表現が生まれてきています。
もちろん携帯メールを使用する人やグループによっても異なるのですが、例えば10代、20代の女性の一部には、「おはよう」を「おぱよう」と打っている人たちもいます。これは、間違って半濁音符を加えてしまったものではなく、かといって現実の会話において、「オパヨウ」と半濁音を含めた発音のあいさつをしているわけでもないそうです。音声では使用されないこうした語形でも、携帯電話の画面で目にしたときに、「かわいい」と感じられれば取り入れて使っているという声がありました。新しく、軽く、明るい感覚が好まれているのかもしれません。
携帯メールの文章では、ふだんの自分とは異なる種々の漫画などの登場人物の口調を模倣することで、相手に対する発言をワンクッション置いたように和らげようとすることもしばしば観察されます。
先ほどの「おぱよう」の例は、出来合いの無機質な文字しか表示できない携帯電話の画面の中で、精一杯の工夫を試みたものと見ることもできないでしょうか。携帯メールでは、原則としてJIS第1・第2水準の範囲の文字・記号しか使えないという制約の中で、「(^_^)」のような顔文字が盛んに用いられています。また、ハートマークなどの絵文字までがやり取りされることもあります。
相手にからかわれたときに、「ひどい。」とだけ打って返信するのと、「ひどい(^_^;)」と返すのとでは、その感情の伝わり方には差が感じられるのでしょう。絵文字の中には「カッコよくない⤴」のように、文末などに付けて、イントネーションなど通常は表記されない音声や感情を示すこともあります。
これらは、やはり画面の上での情報の授受に際して、感情が正確に伝わり、行き違いが起こらないようにという配慮の結果と見ることもできます。つまり、当事者間では、互いの関係の維持、強化に一役買っているのでしょう。相手の発言内容を否定する場合や自己を謙遜する場合には、「いや」を「ぃゃ」と小さく打っているという人さえもいます。
携帯メールでは、手書きではほぼ書かれなくなった「漫画字」(丸文字)が表示用のフォント(書体)として選ばれるケースがあります。これも、上記のように相手との関係を接近させる目的にかなっているのでしょう。さらに、既製のフォントがなくても、「か」を「カゝ」、「超」を「走召」と分けて示すたぐいのいわゆる「ギャル文字」も一部で流通しています。若年層女性の一部で手書きされていた「長体文字」などと呼ばれる字形に、画面上の文字を近づけようとする意図が読み取れます。変換に手間を掛けた分だけ有り難がられるという点で、直筆であることなどが丁寧と評価される手紙の場合と通じる意識もうかがえます。
携帯メールに特徴的な表記は、急速に普及した新たな道具の中ではぐくまれつつあるものです。上記の例は親近感のある人同士での共通理解を前提とした、関係を密接にするための表記と見ることは可能でしょう。ただ、手紙のような共通の作法が構築されないうちに使用範囲も拡大したため、そうした表記に慣れていない人たちには、せっかくの意図が伝えられないばかりか、意味まで誤解されかねません。送る側も、友達同様のその表現が、今送ろうとする相手にも期待通りに伝わるものかどうか、考えてみる機会を持つとよいでしょう。
(笹原宏之)