留学生の知り合いができました。彼女はまだ日本語が上手ではないので、コミュニケーションが少し大変です。どんなことに気を付けて話をすればいいか、何かコツはあるでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
例えば、道を聞かれたら、どのように答えますか。
〈A〉ここをまっすぐ行くと、左側に郵便局があって、その先に、路地があるんですけど、そこを入ってくと、右ですよ。
〈B〉まっすぐ行きます。左に郵便局があります。郵便局の横に、小さい道があります。その道を入っていくと、右にあります。
〈A〉に比べると、〈B〉は少し不自然な感じがするかもしれません。しかし、日本語が流暢でない人にとっては、こちらの言い方の方が分かりやすいのです。それは、「路地」ではなく「小さい道」の「小さい」のような、ほかでもよく使う言葉を使ったり、「~てく」のように省略せずに「~ていく」を使ったりしているからです。また、〈A〉は全体で一つの文ですが、〈B〉は一つ一つ短い文で、段階を追って説明しています。外国人と接する機会の多い人は、自分の日本語が相手にうまく伝わるように、このような工夫をする傾向があります。
その一方で、外国人も日本人の言葉を理解するための工夫をしています。例えば、早口の相手には、「少しゆっくりお願いします。」と言ったり、もし「郵便局」がうまく聞き取れなかったときには、「ゆうび…、何ですか。」と、聞き取れたところまでは言ったりします。言葉の一部が分からないだけなのに、ただ「分かりません。」と言ってしまうと、最初から全部説明し直される場合もあります。しかし、「ゆうび…」のように、分からないところを明確に伝えれば、日本人は「ゆうびんきょく」だけをはっきり繰り返してみたり、もしそれも分からないということであれば、「post office」と英語を使ったり、手紙を書いてポストに入れる様子を身振りで表したり、といった方法を取るかもしれません。外国人も日本人も、伝え合うために、様々な工夫をしているのです。
ところが、工夫が工夫ではなくなるときがあります。例えば、言い換えた言葉が相手にとっては聞き慣れない言葉だったり、かなり日本語が分かる相手に、ゆっくりはっきり話し、その上、声が大きかったりすると、かえって相手を戸惑わせ、不快にさせることもあります。
また、日本人は「分かる」「聞いている」という合図として相づちをよく打ちます。そのため、相づちを打たずに静かに聞くことが良いとされる文化圏の人が、ただじっと聞いていると、「関心がないのだろう」と思い、他の話題に移ってしまう、というようなこともあります。日本人にしてみたら、気を利かせたつもりなのでしょう。しかし、異なる文化背景を持つ人々とのやり取りでは、相手と自分とが同じ価値観を持っているとは限らないということを常に頭の片隅に置き、行動する必要があります。
実は、先に述べた工夫は、外国人と日本人の間だけでなく、子供や耳の遠い年配の方を交えた会話にも見られます。また、ある分野の専門家がその分野に詳しくない人に話をするときも、専門用語を分かりやすい言葉に変え、具体例を挙げて説明します。日本人同士であっても、専門分野、職種、年齢、地域など、互いの背景や状況の違いに応じて、伝え合うための工夫というものを、常に自然に行っているのです。
その自然に行っていることを、少し立ち止まり振り返ってみると、外国人とのコミュニケーションにも生かせることが見つかるはずです。また、やり取りがうまく進んだときとそうでないときを比べ、うまくいかなかったときの原因を考えてみると、よりスムーズなコミュニケーションを行うためのヒントが発見できるかもしれません。
(金田智子)