私は教員をしていますが、今度、日系ブラジル人が多く住んでいる地域の学校に赴任することになりました。日本語が母語でないこどもたちに対して、どのようなことに気を付けておいたらいいでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
文部科学省の調査結果によると、日本語指導が必要な児童生徒数は、19,042人(小学校 : 12,523人、中学校 : 5,317人、高等学校 : 1,143人、その他 : 59人)で、母語別では、ポルトガル語が最も多く(6,772人)、以下、中国語(4,913人)、スペイン語(2,665人)、その他(4,692人)となっています(平成15年9月1日現在)。ここではまず、ポルトガル語を母語とする日系ブラジル人が多数住んでいる集住地域(A市とB町)にある公立小中学校、及び、ブラジル学校に在籍する小学校6年生以上の児童生徒(315名)を対象に実施した調査結果(注①)の中から、こどもの言語生活に焦点を当てた質問の回答結果(有効回答数 =157名)を概観し、次にこどもへの言語支援の在り方について触れながら回答したいと思います。
こどもたちは、通常、ポルトガル語と日本語を相手に応じて適宜使い分けながら、バイリンガル(二言語併用)の生活を送っています。例えば、「家族と食事をする」状況では、約6割のこどもが父母の話すポルトガル語を使って対応していますし、ブラジル人のこども同士で遊んでいる状況であれば、日本語を使うこどもが多くなっています(約半数)。また、腹が立ったり、数えたり、叫んだり、夢を見るときなど、個人差はあるものの滞在期間に応じて日本語を使う場合が多くなっていくようです。
将来、どの言語をどのように習得したいかに関しては、大半のこども(7割以上)が両方の言語で「会話」も「読み書き」もできるようになりたいと思っています。そして、将来については「いずれブラジルへ帰る」よりも「ブラジルと日本を行き来する」を選んだ者の方が少し多くなっています。これらの結果から、こどもたちは、できれば両言語とも、その能力を最大限伸ばしたいと思っており、将来は、ブラジルと日本の橋渡し役として何らかの貢献をしたいと思っていることが推察できます。
こうした環境にあるこどもの希望に十分な対応ができる学校が日本に存在すればいいのかもしれませんが、実際には、英語と日本語のバイリンガル学校は存在しても、ポルトガル語と日本語両方の習得を目指した学校は存在しません。そこで言語支援の在り方として重要なことは、来日後、できるだけ早いうちにこどもや保護者と対話の機会を持ち、そのこどもの日本滞在予定、家庭・学校環境、将来の目標などを総合的に把握することです。
集住地域の日系ブラジル人のこどもの場合、家庭や学校の周辺にポルトガル語話者が多数いるので、はるかに恵まれたバイリンガル環境で生活していると言えます。工夫次第では、日本の公立学校に通っていても、母語であるポルトガル語を活用しながら、第二言語である日本語を伸ばすこともできるでしょうし、ブラジル学校に通っていても、ポルトガル語の能力を伸ばしながら、ある程度の日本語能力をつけることも可能になると思います。
例えば、長野県では、外国籍児童就学支援募金(注②)や日本語学習リソースセンターのネットワーク化構想が、官民学の連携・協力のもと県全体で企画・運営され、親(保護者)や地域を巻き込みながら、こどもに対する日本語や母語の支援活動を支える整備助成金や物品の配布、奨学金の支給等が行われています。
バイリンガルになる夢以外に、例えば、こどもの将来の夢の一つである進路選択の幅を広げるためには、まずは、人間形成の基盤となる最低一つの言語の識字能力の向上やコミュニケーション能力の強化を十分に図れる環境の整備や支援活動の充実を、地域全体で図ることが重要です。
(野山 広)
①この調査は、「外国人児童・生徒の生活と意識に関する調査」(「在日ブラジル人子女の教育・進路選択の多様化と教育支援に関する比較社会学的研究(平成12-14年度科学研究費補助金基盤研究B)」の一環として、2001年11月から2002年1月にかけて、アンケート調査で行われました。
②http://www.avis.ne.jp/~anpie/santa/ 参照。
(現サイトは「公益財団法人 長野県国際化協会」http://www.anpie.or.jp/)