ことばの疑問

日本語が母語でないこどもたちをどのようにサポートしたらいいでしょうか

2020.02.14 野山広

質問

私は教員をしていますが、今度、日系ブラジル人が多く住んでいる地域の学校に赴任することになりました。日本語が母語でないこどもたちに対して、どのようなことに気を付けておいたらいいでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』18号(2005、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

日本語が母語でないこどもたちのイメージ

回答

文部科学省の調査結果によると、日本語指導が必要な児童生徒数は、19,042人(小学校 : 12,523人、中学校 : 5,317人、高等学校 : 1,143人、その他 : 59人)で、母語別では、ポルトガル語が最も多く(6,772人)、以下、中国語(4,913人)、スペイン語(2,665人)、その他(4,692人)となっています(平成15年9月1日現在)。ここではまず、ポルトガル語を母語とする日系ブラジル人が多数住んでいる集住地域(A市とB町)にある公立小中学校、及び、ブラジル学校に在籍する小学校6年生以上の児童生徒(315名)を対象に実施した調査結果(注①)の中から、こどもの言語生活に焦点を当てた質問の回答結果(有効回答数 =157名)を概観し、次にこどもへの言語支援の在り方について触れながら回答したいと思います。

調査結果の概要―こどもの言語生活の実態について

こどもたちは、通常、ポルトガル語と日本語を相手に応じて適宜使い分けながら、バイリンガル(二言語併用)の生活を送っています。例えば、「家族と食事をする」状況では、約6割のこどもが父母の話すポルトガル語を使って対応していますし、ブラジル人のこども同士で遊んでいる状況であれば、日本語を使うこどもが多くなっています(約半数)。また、腹が立ったり、数えたり、叫んだり、夢を見るときなど、個人差はあるものの滞在期間に応じて日本語を使う場合が多くなっていくようです。

こどもたちはバイリンガルの生活を送っている
調査結果から見えてくるもの
”こどもたちはバイリンガルの生活を送っている”

将来、どの言語をどのように習得したいかに関しては、大半のこども(7割以上)が両方の言語で「会話」も「読み書き」もできるようになりたいと思っています。そして、将来については「いずれブラジルへ帰る」よりも「ブラジルと日本を行き来する」を選んだ者の方が少し多くなっています。これらの結果から、こどもたちは、できれば両言語とも、その能力を最大限伸ばしたいと思っており、将来は、ブラジルと日本の橋渡し役として何らかの貢献をしたいと思っていることが推察できます。

将来は、ブラジルと日本の橋渡し役として何らかの貢献をしたいと思っている
調査結果から見えてくるもの
”将来は、ブラジルと日本の橋渡し役として何らかの貢献をしたいと思っている”

学校や地域における言語学習支援の在り方―こどもの夢の実現へ向けて

こうした環境にあるこどもの希望に十分な対応ができる学校が日本に存在すればいいのかもしれませんが、実際には、英語と日本語のバイリンガル学校は存在しても、ポルトガル語と日本語両方の習得を目指した学校は存在しません。そこで言語支援の在り方として重要なことは、来日後、できるだけ早いうちにこどもや保護者と対話の機会を持ち、そのこどもの日本滞在予定、家庭・学校環境、将来の目標などを総合的に把握することです。

集住地域の日系ブラジル人のこどもの場合、家庭や学校の周辺にポルトガル語話者が多数いるので、はるかに恵まれたバイリンガル環境で生活していると言えます。工夫次第では、日本の公立学校に通っていても、母語であるポルトガル語を活用しながら、第二言語である日本語を伸ばすこともできるでしょうし、ブラジル学校に通っていても、ポルトガル語の能力を伸ばしながら、ある程度の日本語能力をつけることも可能になると思います。

例えば、長野県では、外国籍児童就学支援募金(注②)や日本語学習リソースセンターのネットワーク化構想が、官民学の連携・協力のもと県全体で企画・運営され、親(保護者)や地域を巻き込みながら、こどもに対する日本語や母語の支援活動を支える整備助成金や物品の配布、奨学金の支給等が行われています。

バイリンガルになる夢以外に、例えば、こどもの将来の夢の一つである進路選択の幅を広げるためには、まずは、人間形成の基盤となる最低一つの言語の識字能力の向上やコミュニケーション能力の強化を十分に図れる環境の整備や支援活動の充実を、地域全体で図ることが重要です。

(野山 広)

①この調査は、「外国人児童・生徒の生活と意識に関する調査」(「在日ブラジル人子女の教育・進路選択の多様化と教育支援に関する比較社会学的研究(平成12-14年度科学研究費補助金基盤研究B)」の一環として、2001年11月から2002年1月にかけて、アンケート調査で行われました。

②http://www.avis.ne.jp/~anpie/santa/ 参照。
(現サイトは「公益財団法人 長野県国際化協会」http://www.anpie.or.jp/

書いた人

野山 広 准教授

野山広

NOYAMA Hiroshi
のやま ひろし●国立国語研究所 日本語教育研究領域 准教授。
出身は長崎県の五島列島で、中学まで育ちました。その関係で、私の第一言語は五島(奈良尾)弁です。実は、五島で成長したことと、生涯のライフワーク(多文化・異文化間教育に関する研究)や、学生(早大グリークラブ)時代からの趣味=合唱は繋がっています。最近ようやく、互いの声を生かしあうことやハーモニー(響き合い)の醍醐味を味わえるようになってきましたが、そこに至るまでに20年ほどかかりました。いわゆる共生社会や多文化社会の構築も、互いの声(想い)を共に生かし合う環境を醸成するまで時間がかかるかと思いますが、わたしの合唱経験同様、やがて互いの異なりを(プラスに転化して)わかちあえる時代が到来するものと想っています。

【研究テーマ】
現在、外国人定住者(移民定住者)の言語生活や言語習得に関する研究を縦断的に行っています。この調査では、ウェルフェアリングウィスティックス(Welfare Linguistics)の観点から、形成的フィールドワークのような接近方法(アプローチ)を試みています。試行錯誤の連続ですが、この経年的な協働調査を通して、共生社会の構築に向けて、何らかの貢献ができたら、と思っています。その他、言語政策・言語教育政策・日本語教育政策、移民政策の研究や、年少者日本語教育に関する研究などを行っています。