ことばの疑問

最近、「微妙」という言葉がおかしな意味で使われていませんか

2020.04.22 山崎誠

質問

最近、「微妙」という言葉がおかしな意味で使われているのを聞きます。ちょっと耳障りに感じるのですが。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

三角の印がついた旗を掲げる

回答

「微妙」の用法

このおかしな意味というのは、例えば、

「このハンバーグ、おいしい?」
「んー、微妙」

などのように、意見や感想を求められた際の応答の言葉として用いられた場合でしょうか。「微妙」の意味は、国語辞典によると、「細かいところに美しさ・問題点・重要な意味などが有って、単純な論評を許さない様子。」(『新明解国語辞典』第5版)とありますから、意味的には、さほどおかしさは感じられません。この表現に違和感があるとしたら、求められた答えが手放しで肯定できない、むしろ否定的に傾いているような場合に、それを率直に表現すると差し障りがあるので、「微妙」というあいまいな表現で断言を避けている印象があることでしょうか。

現代の若年層の言葉の特徴に「とか」に代表される「あいまい」な言い方が指摘されていますが、この「微妙」もそのひとつと言えましょう。

意味・用法の変化

わたしたちがふだん使っている言葉の意味は、中心的な意味を保持しながらも、具体的な運用に当たっては、絶えず変化の局面にさらされています。小松英雄氏は、言語変化について以下のように述べています。「いつの時期の言語も変化の過渡期にある。換言するなら、安定していないのが言語の正常な状態である。」(小松英雄 『日本語はなぜ変化するか―母語としての日本語の歴史』、p36)

例えば、日常的に起こる言葉の変化として、比喩(ひゆ)による意味の転用があります。スポーツで使われる「二人三脚」「延長戦」「フライング」などの言葉をスポーツ以外の場面にあてはめて使っても、十分理解可能です。また、そのような言い方が定着すれば、その言葉の意味が拡大し、新しい意味を獲得したことになります。意味の拡大について、進行中の例を紹介しましょう。文化庁が実施した「平成13年度『国語に関する世論調査』」によると、「こだわる」の使い方について興味深い結果が出ています。

(1)まだ過去のことにこだわっている
(2)食材にはとことんこだわっている

というふたつの使い方についてどちらを使うか尋ねたところ、(1)の方を使う人が31.1%、(2)の方を使う人が19.9%、どちらも使う人が40.3%という結果でした。(2)の用法は新しいものとされていますが、「どちらも使う」人が4割に達しています。これは、(1)の用法に(2)の用法が加わる過程をとらえたものと考えるのが妥当でしょう。

「こだわる」の使い方についてのグラフ

言葉の変化と価値観

言語変化は、大局的に見るとその言語を使う人々の合意に基づくものであり、集団的意志の反映ととらえることができますが、変化が進行中である場合、変化を支持する立場とそれに抗しようとする立場とに集団が分かれる場合があります。その原因は、自分が持っている正しさの基準が変わってしまうことに対して、寛容かどうかという点にあります。

物事の正否を決めるには、一定の基準に従うのが一般的なやり方ですが、言語の場合は、その基準というものが明確な形では存在しません。言葉は、使い手個人個人がそれぞれ基準を持っています。もちろん、それらの基準は大体においては一致しています。そうでなければコミュニケーションが成立しなくなります。しかし、世代や地域・職業などの違いによってその基準は異なっていますし、同一の集団に属する人たちの間でも基準は微妙にずれているものです。

言葉は思考の道具でもあり、自己の存在を確認する重要な手段でもあります。その基準が異なっていた場合、心理的に違和感や抵抗感が生じるのはやむを得ないことです。しかし、そこで終わらずに、そのときに、なぜ違和感を持ったのか考えてみることが重要です。相手はどのような基準で言葉を用いているのか、それは、自分の基準とどのように違うのか。このような疑問は、言葉の基準は変わりうるものであること、したがって自分の基準が絶対ではないことなどに気付かせてくれるでしょう。円滑なコミュニケーションのためには、自分と異なる基準に対して寛容に接することが大切です。

(山崎誠)

書いた人

山崎 誠

山崎誠

YAMAZAKI Makoto
やまざき まこと●国立国語研究所 言語変化研究領域 教授。コーパス開発センター(併任)。
日本語の語彙を中心に計量的研究を行っています。語彙の計量的(統計的)な性質はコーパスの普及にともない、研究が進んでいますが、まだ未解明の点も多く、理論的な整備は今後の課題と言えます。また、シソーラスの構築など語彙に関する言語資源の開発も行っています。

参考文献・おすすめ本・サイト