最近は、「ケータイ」「ラジカセ」など、何でも略して言うようですが、本来の言い方をしないと、正しい日本語が失われてしまうのではないでしょうか。
「ケータイ」「ラジカセ」のように、本来の言い方である「携帯電話」「ラジオ・カセットテープレコーダー」の一部を省略した言葉を、略語と言います。略語は、本来の言い方を正式なものと考える立場からは、略式で正しい日本語から逸脱したものに見えるかもしれません。しかし、実際の言語生活を振り返ってみると、むしろ略語なしではやっていけない現実があることに気づかされます。私たちは、略語に対しても柔軟な姿勢で臨む必要がありそうです。
略語は、もとの語形の一部、場合によっては相当な部分を失っていますが、意味はもとのままであるのが普通です。同じ内容をより短い語形で言い表すことができるので、てきぱきと効率的に情報伝達を行うには、まことに好都合です。
略語は、簡単で便利に使える代用の語形として生まれるわけですが、時の経過とともに、代用物としての地位から解放され自立していくことも多いようです。「スーパーのレジ」と「スーパーマーケットのレジスター」を比べてみれば分かるように、現在では略語の方に代用物という感じがありません。「テレビ」「ガム」を、本来の言い方である「テレビジョン」「チューインガム」を意識しながら使っている人は、もはやそう多くはないのではないでしょうか。
略語を作る目的は、語の長さを短縮することにあります。しかし、短ければ短いほどよいというわけではありません。本来の語形をそれとなく指し示すことのできる、最低限の長さが必要となります。
例えば外来語は、もとの外国語を日本語式の発音にするために、語形がどうしても長くなりがちです。そのため、略語がさかんに作られることになりますが、その長さは2拍から長くても5拍、特に4拍が目立って多いことが知られています。次にその語例を示します。
さらに、外来語に限らず、日本語の単語全体について略語の作られ方を調べてみると、圧倒的に優勢な省略の仕方が、前後の二つの成分から2拍ずつをとって4拍にまとめるものであることが分かります。冒頭の「ラジカセ」もその例ですが、「リモ(ート)コン(トロール)」「通(信)販(売)」「原(子力)発(電所)」「うな(ぎ)どん(ぶり)」「学(生)割(引)」「サラ(リーマン)金(融)」など枚挙にいとまがありません。
一般的に言って、略語はそれが登場した当初は違和感があっても、大勢の人が使うようになり世の中への定着が進むと、それほど抵抗を感じない普通の言葉になっていくようです。「ワープロ」や「パソコン」もそのような道をたどってきました。しかし、一方で本来の言い方が意識される場合には、それとの対比の中で、格調に欠ける俗っぽい言い方としての側面が浮かび上がってくることも確かです。
実際に略語を使うときに、注意しなければならないのは、この点です。例えば「セクハラ」という略語は、広く日常的に使われるようになってきており、ふだんの会話などではこれで問題はありません。しかし、役所や法律では、正式の名称として「セクシュアル・ハラスメント」を採用していることも事実です。
服装に正装と略装があるように、言葉にも正式名称と略称があります。いずれも一方だけでは用を足すことができません。大切なのは、場面によって両者を適切に使い分けることであって、一方を切り捨てることではないように思われます。
(相澤正夫)
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)です。『ことば研究館』での公開にあたり、若干の修正を加えました。