ことばの疑問

公の場では、方言は使わない方がいいのでしょうか

2020.07.02 三井はるみ

質問

公の場では、方言は使わない方がいいのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』17号(2004、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

町内会で発言するときには方言と共通語どちらを使う?

回答

実態としては、公の場では共通語、私的な場では方言

地域や個人による違いが大きいものの、公の場や改まった場では共通語が多く使われ、方言は私的なくだけた場で多く使われる、という傾向は全国で見られます。

例えば、青森県弘前市のある20代の人は、会話の中で、同い年の友人と話すときは、「ワ(私)」「~ハンデ(から)」「~ダバ(は)」などの方言の言い方を使い、初対面の調査者と話すときは、「ジブン」「~ノデ」「~ワ」のように共通語(あるいはそれに準じた言い方)だけを使っていて、両者をはっきりと切り換えています(参考文献①)。

また、国立国語研究所が1983年に大阪府豊中市と京都府宮津市で行った調査によると、「友人と話す」ときと比べて、「町内会で発言する」ときには、「方言を使う」と答えた人が少なく、「標準語を使う」あるいは「標準語と方言が混ざる」と答えた人が多くなっています。公的な場では、地域の中でも方言を抑えて標準語(共通語)やそれに近づけたことばで話す、という意識がうかがわれます(参考文献②)。

公の場や改まった場で話すときと、私的なくだけた場で話すときとでは、使う単語、文の構成、丁寧さの度合い、話題の選び方、声の調子、話すスピードなど、ことばのいろいろな面に違いが現れます。方言を使うかどうかは、そのような要素の一つとして機能していると言えます。

話す男性。使う単語、文の構成、丁寧さの度合い、話題の選び方、声の調子、話すスピードなど、方言もそのような要素の一つ

二つの言語変種の社会的機能分化とその背景

このように、二つの言語変種のうち、一方が公的な価値を持ち、他方が私的な価値を持って、社会の中で使い分けられるという状況は、日本語の共通語と方言の間に見られるだけではありません。

台湾では、住民の多数を占める閩南びんなん人の間で、民族固有の言語である閩南語と北京語が使われています。そして多くの人々は、私的な場である家庭では閩南語、職場や役場、病院などの公的な場では北京語、というように、場面によって使い分けています(参考文献③)。

日本と台湾とでは事情が異なりますが、いずれも、社会的政治的な要請のもと、教育やマスメディアをとおして、公的な場を中心に統一的な言語(日本語の標準語、台湾の北京語)の普及が図られました。一方で方言や民族語は使われる場面が狭まり、また、ことばの価値自体が劣るかのように見なされてしまうことも生じました。現在見られる言語変種の社会的な使い分けには、このような背景があると考えられます。

公の場で方言を使うこと

共通語は、地域の違いにかかわらずだれにでもわかることばであり、方言に比べて改まったよそ行きの感じを表すことができます。一方方言は、多くの場合通じる範囲が限定されますが、身近でうちとけた感じを伴います。このため、公の場のことばづかいとしては、方言より共通語の方がふさわしいと、一般に考えられています。

しかし一口に「公の場」とは言っても、いろいろな場合があります。「町内会で発言する」のは、「友人と話す」ことに比べれば「公の場」ですが、例えば、「県議会で発言する」ことと比べると公的な性格は弱いと言えます。そのような場では、共通語を使うにしてもある程度方言を織り交ぜた方がふさわしい、と感じる人もいるかもしれません。

公の場とは?方言と共通語との関係

このようにみてくると、一律に「公の場では方言は使わない方がいい」とは言えません。場合に応じて、だれに何を伝えどのように表現したいのかという面から、話し手一人一人が考えていく余地のあることがらなのです。

なお、方言と共通語の使い分けに関しては、新「ことば」シリーズ12の問20、同16問7でも取り上げています。あわせて御参照ください。

(三井はるみ)

書いた人

黒の背景に浮かぶ切子細工のイルミネーション

三井はるみ

MITSUI Harumi
みつい はるみ●國學院大學 文学部 教授。
ことばのゆれの地理的な背景に関心があります。耳にするけれど辞書の記述にないことば、類義語の使い分けのしかたの地域差、ルーツが忘れられた方言由来の共通語、個人差のようにも受け取られる話し方の違いなど、変化と変異のはざまのありようを調査によってとらえていきたいと思っています。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 阿部貴人、坂口直樹 (2002)「津軽方言話者のスタイル切換え」『阪大社会言語学研究ノート』第4号 大阪大学大学院社会言語学研究室 (参考文献①)
    ※下記にPDF版が公開されています。
    大阪大学学術機関リポジトリ「津軽方言話者のスタイル切換え」(https://doi.org/10.18910/23196
  • 国立国語研究所 (1990) 『場面と場面意識』三省堂(参考文献②)
    ※下記にPDF版が公開されています。
    国立国語研究所学術情報リポジトリ「場面と場面意識」(http://doi.org/10.15084/00001278
  • 簡月真 (2002)「台湾における言語接触」『社会言語科学』第4巻第2号 社会言語科学会(参考文献③)
    ※下記にPDF版が公開されています。
    J-STAGE「台湾における言語接触」(https://doi.org/10.19024/jajls.4.2_3

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