東北では「山に行く」を「山サ行く」と言うと聞いたので、「いい天気になった」も「いい天気サなった」だと思ったら、この場合は「ニ」だと言われたのですが。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』16号(2003、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
「山サ行く」「東京サ行く」のような〈空間的な移動の方向〉を表す東北地方の格助詞「サ」は、古くは「~の方に(へ)」という意味を表す古典語の「さまに(へ)」にさかのぼると言われています。
大臣も立ちて外さまにおはすれば(『源氏物語』浮舟)
(大臣も立って、外の方へいらっしゃるので)
また「サ」の仲間は東北地方だけでなく、遠く離れた九州にも見つけることができます。たとえば「駅の方に行った」を「駅サメ行った」(大分県湯布院町※)「駅サネ行った」(宮崎県日南市)のように言います。
ただ、九州方言の「サメ、サネ」の類が、古典語の「さまに(へ)」の用法をよく保存し、〈空間的な移動の方向〉の意にほぼ限定されているのに対し、東北方言の「サ」は、「方向」以外の意味も広く表すように変化し、共通語の「に」に近い意味の広がりを持つにいたっています。
しかし、東北方言の「サ」はもともとが〈空間的な移動の方向〉の意を表す表現ですから、「に」と異なる部分もあります。たとえば、先の福島県小高方言では、人間や容易に動かせる物の存在場所は「サ」で表せますが、「役場は大町にある」のように固定された物の存在場所は、「サ」ではなく「ニ」で表されます。また、「犬に追いかけられた」(受身の相手)、「いい天気になった」(変化の結果)のような「に」にも、「サ」ではなく「ニ」が用いられます。〈空間的な移動の方向〉という意味から離れ、意味が抽象的になるにつれ、「サ」は使われなくなるわけです。
「サ」の意味の広がりは、東北方言の中でも地域差があります。下の図は、「東の方へ行け」「ここにある」「大工になった」「犬に追いかけられた」という文で「サ」が使われる地域を示したものですが、やはり〈空間的な移動の方向〉という意味が希薄になるにつれ、「サ」が使用される地域も減ることがわかります。
「サ」の意味変化は現在でも続いており、たとえば、秋田方言では、「存在の場所」はもともと「ニ」だったのが、若い世代では「サ」が普通になっています(秋田県教育委員会編『秋田のことば』)。今後東北方言の中で「サ」の意味がどのように変化するか、地域差も含めて注目されるところです。
※大分県湯布院町は、現在の大分県由布市湯布院町。