地域によって,はっきりとものを言うのを好むところと,遠回しな言い方を好むところがあるような気がします。実際のところはどうなのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』16号(2003,国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として,若干の修正を加えた上で公開します。
まず,問にあるような地域による話し方の違いについて書いたり言ったりした実例を二つ紹介します。
一つは作家の谷崎潤一郎の文章です。谷崎は東京出身者ですが,成人したのちに関西に移り永く暮らしました。彼は「私の見た大阪及び大阪人」(1932年)という文章に,次のように書いています。(最初の文の「無心に行く」とは,<(主に金銭に関する)頼みごとをしに行く>という意味です)。
仮に東京人が大阪人に無心に行くとする。ところが相手はいつまでたっても確答を与えないので腹を立てて帰る。しかし大阪人の方では実はちゃんとイエスかノーかを雑談のうちにほのめかしたつもりなのだ。そのほのめかし方が,土地の人同士なら立派に明答として通用するのだけれども,東京人はアケスケな言葉に馴れているので,その謎を悟らない。(現代表記に改めて引用した。)
もう一つは,国立国語研究所が1994年に京都で行った言語調査で,生まれも育ちも京都市内の女性回答者(70代)が回答した言葉です。
質問「自分の荷物をしばらく預かってもらうように頼むとき,『これ重たいし,ちょっとよそに廻るので』というように,頼む理由について簡単にでも言い添えますか?」
回答「言い添えますねえ,大体。」
質問「言わないと言葉が足りない?」
回答「それ,東京の人の言い方っ!。 切り口上と言ってね。それを言わないと『言葉が足りない』って後で言われそう。京都ではね。」(杉戸清樹「日本人の言語行動 第4章」に関連情報)
この2例は,東京と関西の話し方の違いについて個人がどのようにとらえているかを示す実例です。地域による話し方の違いについてのこうした考えや意見は,しばしば指摘されたり話題にされたりすることがらです。
しかし,「実際のところはどうか」という質問に,個人的な考えや意見ではなく,客観的・実証的な裏付けを基に答えることは現段階では困難だというべきです。そのための調査や研究が不十分だからです。事実そうであると実証的に言い切るために必要な研究やデータを積み重ねることが,日本語研究の今後の課題です(例えば,徳川宗賢「言語使用の地域差」,「ことばづかいの風土性」,杉戸清樹「行動の中の方言」などが初期の研究事例です。)
そうした課題の一つは,話し方や表現法についての全国的な資料や情報を蓄積することです。
一例を挙げましょう。国立国語研究所の『方言文法全国地図』第5集(2002年)には,「朝いつまでも寝ている孫に向かって」という場面で,①起きるようにやさしく言うとき,②それでもまだ起きないので,起きるようにきびしく言うとき,それぞれどう言うかの表現が全国807地点にわたって示されています。その資料全体を,東日本と西日本とでおおまかに比べて,次のような傾向があるのではないかという指摘がされたことがあります(三井はるみ「命令表現の分布と場面差」)。
①やさしく言う場合 : オキタライイ,オキタラドーダ(勧め表現類)は東日本に比較的多く,オキナキャダメ,オキナアカンの類は西日本に比較的多い。
②きびしく言う場合 : ナゼオキナインダ,イツマデネテルンダ(状況問いかけ類)は東日本に多く,オキナキャダメ,オキナアカンの類は西日本に多い。
いずれも,非常にはっきりとした差異とは言えないのですが,単に表現形式の違いではなく,「勧め」の調子で言うか,「問いかけ」の調子で(問い詰めるように)言うか,「~シナクテハダメ」のように言うかという,話し方の違いが垣間見えた例だと言えるでしょう。
例えばこのような種類の調査資料やデータを蓄積していくことによって,話し方の地域差がより客観的に把握できるようになるはずです。どんな違いが見えてくるのか興味深いところです。
以上の解説は,「新ことばシリーズ16号 言葉に関する問答集 よくある「ことば」の質問 問14」(2003年)の文面に若干の補足と文脈的な整理だけを加えたものです。その時点では,話し方や表現法の地域差についての実証的な調査・研究がまだ不十分でしたので,話しことばの色々な側面について全国各地に及ぶ広範囲な調査データを蓄積することが研究課題だと回答したのでした。
しかし,その後まもなく2010年ごろから,この課題に積極的に取り組む調査・研究が目立って続くようになりました。そこには,話し方や表現法という中でも,例えば,挨拶・お礼などの定型的な言語行動,驚き・後悔などの感情を表出する感動詞,擬音・擬態のオノマトペ表現,話の展開や会話のやりとりの型,更には,言語行動に関わる気遣いやものの言い方を支える発想法などに至る幅広い事象を取り上げて,それぞれの地域差を扱う新しい研究の広がりが見られます。それらの成果は【追加参考文献】に挙げるような刊行物に収録された数多くの論考のほか,専門雑誌の論文や学会口頭発表でも公にされています。
この先も,コミュニケーションの言語行動を多面的に取り上げてその地域差を捉える調査・研究の広がること,また,そうした調査研究のための観点やデータに関する方法論が充実することが期待されます。
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