ことばの疑問

日本語を学ぶ外国人にとって、漢字の学習は難しいのでしょうか

2022.07.21 柳澤好昭

質問

日本語を学ぶ外国人にとって、漢字の学習は難しいのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』15号(2002、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

日本語を学ぶ外国人にとって漢字の学習は難しい?

回答

「漢字の難しさ」とは?

日本人が外国語を勉強する場合、「まず文字から入る」という意識が根強くあるようです。そのため、日本語と同じく漢字を用いる中国語(ただし漢字の字体は日本とは異なります。例えば、中国語繁体字の「體」は日本語の「体」の旧字体)や、ローマ字と同じアルファベットを用いる言語(英語、ドイツ語、フランス語など)は比較的親しみやすく感じるのに対し、それ以外の文字を用いる言語、例えば韓国語、ロシア語、タイ語などはどちらかといえばとっつきにくいという印象があるようです。

そのような感覚からすると、「漢字の難しさ」というと、すぐに「漢字の字形(文字の形。字体が正しければ、手書きで細部が違うのは字形の違いで、誤りではありません)を正確に覚えることの難しさ」と考えがちです。確かに非漢字圏の日本語学習者にとって漢字は大きな関門の一つです。例えば、漢字圏の人であれば、何が重要な違いで何がそうでないかを知っていますから、漢字の形が多少崩れていても字の区別に特に問題はありません。しかし、非漢字圏の人は、最初は何が重要な違いで何がそうでないかがわかりません。そのため、かえって一度学習した形にこだわるということも起こります。

また、漢字は表音文字ではないため、文字そのものの数が非常に多いということがあります。アルファベットや韓国語のハングル、日本語の仮名のように音を表す文字の場合は、発音をより細かく表記し分けるための補助記号を含めても、ごく限られた数の文字しかありませんが、漢和辞典を見ればわかるように、漢字の数は膨大です。

しかし、漢字の数自体はそう大変な問題ではないようです。実際、使用頻度の高い漢字は限定されていて、横山詔一ほか『国立国語研究所プロジェクト選書1 新聞電子メディアの漢字―朝日新聞CD-ROMによる漢字頻度表』によれば、約300の漢字で新聞紙面に出現する漢字全体の約85%を占めるそうです。つまり、300の漢字を覚えれば、実際に用いられる漢字のかなりの部分がカバーできるわけです。

漢字の難しさとは

問題は「読み方」と「辞書」

むしろ問題は、日本語の漢字の読み方が非常に複雑だということです。音読みと訓読みを併用し、かつ音読みにも複数の種類(呉音、漢音、唐音、慣用読み等)がある日本語の漢字を正確に読むことはなかなか難しいことです。漢字圏、非漢字圏のいずれの日本語学習者も「漢字の読み方」の学習が一番難しいと感じているという報告があります(石田敏子「国際化の中で漢字とは」、『漢字を科学する』)。ワープロや電子辞書の普及により、漢字を手で書くことは必ずしも日本語学習における必須項目ではなくなってきましたが、漢字の読みはやはり学習者にとっては難しいものがあります。

日本語学習者にとっては「漢字の読み方」の学習が一番難しい

また、「辞書を引く」ということも、学習者にとっては難しい問題です。発音がわからない漢字は字の形で引くことになりますが、非漢字圏の学習者には、これはなかなか大変です。部首で引くためには、どの部分が部首であるかを知らなければなりません。また、画数で引く場合も画数の数え方を知らなければなりません。

非漢字圏の人がつくった漢字辞典は、このような問題に対応するために、さまざまな工夫がほどこされています。例えば、Nelson, Andrew N. 編『最新漢英辞典』(チャールズ・E・タトル出版、アメリカ)では、「永」の読みも画数も部首も分からないというような場合、「、」(点)でも、「|」(縦棒)でも調べることができるようになっています。

非漢字圏の学習者は「辞書を引く」ことが難しい。どの部分が部首なのか?画数はどう数えるのか?

認知心理学の研究では、日本人にとっては部首が基本単位として機能するが、日本語学習者、特に非漢字圏の日本語学習者は必ずしもそうでないこと、日本語学習者にとって有効な漢字形の基本要素単位を定めた上で、字形の知覚学習を基礎とした指導が必要なことが主張されています(海保博之「非漢字圏日本語学習者に対する効果的な漢字学習についての認知心理学からの提言」、『筑波大学心理学系紀要』)。ジャック・ハルペン『漢字の再発見』同『漢英学習字典』はそのようなことについて考える上で参考になります。

書いた人

柳澤好昭

柳澤好昭

YANAGISAWA Yoshiaki
やなぎさわ よしあき●国立国語研究所 名誉所員。
応用言語学、教育工学、心理学などの知見を取り入れた日本語教育長期専門研修(旧国立国語研究所)で1年間勉強し、10年後、国立国語研究所日本語教育センターの研究員として、教育・研究・行政の面から外国人の年少者から成人に、日本語教師やボランティアに、地域社会集団に関わってきました。これからも、変容する日本語という「ことば」を、外国人が学ぶ、外国人に教える、日本人が使う、ということに関心をもっていきます。

参考文献・おすすめ本・サイト

※ 本文中の参考文献。PDFアイコンのある資料は公開されています。

  • 横山詔一、笹原宏之、野崎浩成、エリク・ロング(編)(1998)『国立国語研究所プロジェクト選書1 新聞電子メディアの漢字―朝日新聞CD-ROMによる漢字頻度表』 三省堂
  • 石田敏子「国際化の中で漢字とは」、海保博之 編(1984)『漢字を科学する』 有斐閣
  • 海保博之「非漢字圏日本語学習者に対する効果的な漢字学習についての認知心理学からの提言」、筑波大学心理学研究編集委員会 編(2001)『筑波大学心理学研究』第23号
    PDFファイル つくばリポジトリ(http://hdl.handle.net/2241/9647
  • ジャック・ハルペン(春遍雀來)(1987)『漢字の再発見―外人の目が拓いたこの驚くべき世界』 祥伝社
  • ジャック・ハルペン(春遍雀來)(2001)『新装版 講談社漢英学習字典』 講談社インターナショナル

※ そのほか おすすめ本・サイト

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