卒業式や入学式で生徒の名前を五十音順に並べ、読みあげます。たとえば、高田(タカダ)→ 高谷(タカタニ)という順序で名簿が作られていることが多いのですが、「濁音は清音より後ろ」とよく聞くので、高谷(タカタニ)→ 高田(タカダ)の順にした方がよいのかと迷うことがあります。
公的な言葉の決まりとして、姓名などの五十音順を詳細に定めたものは見当たりません。一方、我々の日常の言語生活で、五十音順に言葉の並ぶものとしては、辞書の項目が典型的です。その項目順の説明を冒頭にかかげる「凡例」にあたってみると、参考になります。
大抵のものが、単に「五十音配列にする。」としています。中には、「上から一字ずつ読んだ五十音順」と詳しくしているものもあります。ただし、殆どのものは、「五十音順」とするだけではなく、続けて「五十音順で決まらないものは、」などとして、さらに下位の規則を定めています。その段階で、たいていの辞書が、清音→ 濁音→ 半濁音という順を定めています。
話はそれますが、「きゃ」「みゅ」など拗音の表記では、大小の仮名をつかい分けます。実は辞書によってその配列は異なる場合があります。例えば、大字のならぶ「杞憂(キユウ)」が、小文字の拗音を含む「灸(キュウ)」より前にくるものもあれば、後にくるものもあります。むしろ、辞書毎に、「ここではこう」とそれぞれが取り決めているのです。初めてこのことを知ると大層意外でしょうが、一冊の資料の中で、重複をゆるさない同じルールで順序がついていればよく、反対に何かの文字列を調べる際には、必ず「一箇所にたどり着くことが出来ればよい」というわけです。
このことは、たとえば、歴史的仮名遣いや発音を重視した「いろは順」でも同じでした。現代の「ん」は「む」の項にすべて入るもの、一字目だけ「いろは順」で二字目以降は五十音順に並べるものなど、現代からは想像のつかない順序さえも、先例として存在しました。もちろんこれらの場合でも、必ず「一箇所にたどり着くことのできる順序」がついていました。
さて名簿の場合においても、名前を順に並べた結果が、絶対に重複せず、混乱しなければよい、と考えられます。だれでも、どこからでも、或る一人の名前にたどり着ける配列になっていればよい、とも言えましょう。そのためには、字毎の五十音順が優先され、その文字同士で並んだ場合には、次の優先順として、たとえば清音→ 濁音などと、定めます。 具体的に人名(姓)の順序を「樺島(かばしま)」と「華原(かはら)」で考えてみます。
・カハラ
・カバシマ
五十音順では、二字目が濁音の「かばしま」より、同じく二字目が清音の「かはら」の方が先に来ることはありません。
× カハラ → カバシマ
○ カバシマ → カハラ
これは「は」の清濁の次の3文字目が何か、ひと文字ごとの五十音順で順を考えているからです。たとえば単に「かはら」と「かばら」が並んでいたとしたら、その場合には、「かはら」→「かばら」の順になって濁音が後に来ます。
・カハラ
・カバラ
○ カハラ → カバラ
ほかにも類似の姓名があるとして、その字以降を無視し、すべて先にでる字の所だけで、清音と濁音とを、それぞれまとめてしまったらどうなるでしょうか。清音のつく名前すべてを先に、濁音のつく名前をすべて後に、とグループでまとめて前後に分けてしまうというのは、1文字毎に、順に以降の五十音順で整理することにはなりません。
「河原崎 ○○○」の例
× 苗字の清濁でグループ分けしてしまうと・・・
「カワラサキ」 :苗字が清音のグループ
・ 河原崎 一郎(イチロウ)→ 河原崎 史郎(シロウ) → 河原崎 治朗(ジロウ)
「カワラザキ」 :苗字が濁音のグループ
・ 河原崎 市郎(イチロウ)→ 河原崎 司朗(シロウ) → 河原崎 次郎(ジロウ)
○ 一般的な五十音順では・・・
・ 河原崎 一郎 (カワラサキ イチロウ)
・ 河原崎 市郎 (カワラザキ イチロウ)
・ 河原崎 史郎 (カワラサキ シロウ)
・ 河原崎 司朗 (カワラザキ シロウ)
・ 河原崎 治朗 (カワラサキ ジロウ)
・ 河原崎 次郎 (カワラザキ ジロウ)
実際、清濁の順の優先をゆるしてしまったら、先にある字の清濁の2つのグループの下にその字の清濁が違うというだけで、それ以外の字以降はきわめて近いもの同士が、遠く離れた二箇所の順になってしまいます。清濁どちらの読みもあり得る、とみて二箇所を探さなければならない、というのでは、検索の用をなさないともいえるでしょう。
つまり清濁の順というのは、「もし(同じ桁の位置の文字同士が)ならんで同順になったら」という場合に限った、補足的な下位の規則なのです。これによって結局全体には五十音順という大原則は優先されているのです。
質問者の場合、4字目のない、高田(たかだ)は、同じく4字目のない清音の「たかた」とだけ、清濁の順を問われればよいのです。並ぶはずの「たかた」との前後をつけたら、その次の4字目はない、とういうことで、4字目があるもののすべてに先んじ、濁音「だ」であっても、「た」の清音で4字目の続くものたちの筆頭に居続ければよいのです。
同じ字数の姓だけが並んでいる場合
・ たかた
・ たかだ
○ タカタ → タカダ
同じ字数の姓は並んでいない場合
・ たかたに
・ たかだ
○ (タカタ → ) タカダ → タカタニ ※( )内は、もしあったとしたら
さて話はかわりますが、現代では、表計算やワープロの一覧表などで、入力した語を自然に並べ替えてくれる機能がソフトの側で発達しています。場合によっては本人の知らないところで順序を付けてくれてしまっていた、という現象もあるようです。その場合、文字コードといって数字に置き換えられた、いわばその文字固有の背番号で、一律に文字の順序をつけてしまっています。
かつて、おおむね部首毎に並んだ漢字の順序による電話帳順というものがありました。漢字コード順や電話帳順は、文字ごとの五十音とは異なります。五十音順は、漢字の音読みや訓読みを適宜に使い分ければ、現実にある姓名らしい漢字のよみを推測できます。が、部首配列の順や、見えない漢字の背番号でつけた順は、表面にその順序規則は見えにくい、という特徴があります。
五十音順に限らず、人の姓名をなんらかの順に並べる場合、その順が何によるのか、その順を使う人も周囲の人も納得できているかどうか、考える必要もありそうです。