手紙や文書のあて名に付ける敬称などの種類について、説明してください。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』14号(2001、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
一般に、手紙や文書のあて名に使われている敬称などには、次のようなものがあります。
男性・女性を問わず、目上・目下に関係なく、最も一般的な敬称として広く用いられています。なお、連名の場合にも、敬称はそれぞれに付けます。
「これからの敬語」(昭和27、国語審議会建議)では「公用文の「殿」も「様」に統一されることが望ましい。」と述べられたのですが、現在でも公用文では一般に「殿」が使われています。
公用文のあて名は、機関名、部局名、役職名、個人名など、多種で複雑です。役職名をあて名にする場合にも、「○○株式会社取締役社長殿」のように、「殿」が多数派で、「様」は少数です。機関名の場合にも、「○○会社殿」のように、「殿」を付けることが行われています。
このように、公用文で「殿」が引き続き使用されていることには、公と私の区別が明確になる、官職名や役職名に付けてもおかしくない、などの理由があると言われています。
ただし、昭和40~50年代から、地方公共団体の中には、公用文でも「殿」をやめ、「様」にするところが出てきました。静岡県・神奈川県・愛知県・埼玉県・千葉県などが、文書の中の敬称を「殿」から「様」に切り替えました。
このような「様」への移行は、「殿」が上意下達式の尊大さを感じさせる、「殿」を用いると目下扱いにされた気持ちになる、「殿」では必要以上に堅苦しい、などという人々の意識に対応したもののようです。
「第1回現代人の言語環境調査(敬語)」(昭和62、NHK放送文化研究所)では、「役所からの手紙に「山田花子殿」と書いてありました。この書き方についてあなたはどう思いますか。」と東京・大阪でたずねています。結果は、両地域とも、「「山田花子様」のほうがいい」が7割近く、「「山田花子殿」でいい」は2割弱に過ぎませんでした。ここでも「殿」より「様」が好まれる状況が現れています。
恩師をはじめ、教師・医師・議員などの職業の人に対し、敬意を込めて用いることがあります。「先生様」は敬称の重複となるので避けるべきです。
『平成11年度国語に関する世論調査』(平成12、文化庁文化部国語課)では、ふだんの生活の中で、間違った言い方やふさわしくない言い方として、人の言葉や書かれた言葉が気になるかどうかをたずねています。「(吉田達夫先生に出す手紙のあて名として)吉田達夫様」とすることについてはどうかという項目には、7割近い人が先生に対して「様」を使っても気にならないとしていますが、先生に対して「様」は失礼であり、「吉田達夫先生」とすべきだと感じる人も2割を超えています。
会社・官庁・学校など、団体・機関・組織あての手紙や文書で、個人名を書かず、機関名や部局名だけをあて名にする場合は、現在では「御中」を用いるのが普通です。部課名を連記する場合にも、「御中」は最後に一つだけ添えればよいとされています。
「御中」は、ある組織に属する人すべてを指す言い方で、組織に対する敬意を含みますが、敬称とは異なります。その中にいる人にあてる、という意味です。
手紙の表書きとしては使いませんが、文書のあて名に用いるものに「各位」があります。ある組織に所属する一人一人に、個人名を省略して、同文の手紙や文書を送る場合に使います。「社員各位」「会員各位」「保護者各位」などがその例です。
この「各位」の「位」は、「皆様方それぞれ」の意味です。「各位」だけで十分敬意を表しているので、「各位様」「各位殿」のように、「様」や「殿」を付ける必要はありません。
なお敬称については、これまでの問答集でも取り上げられていますので、併せてご覧ください。