ファッション雑誌で新しさを表すための言葉には、何か特徴がありますか。
ファッション雑誌は、流行に対応した迅速な購買を促進するため、常に新しい情報を提供するものです。よって、アイテムや情報などの様々な新しさを表現することを目的とした言語現象が観察されるはずです。
例を見てみましょう。
- 定番のトレンチはアイコニックなカナージュステッチのキルティングベストを重ねて
- 無骨なブーツでアヴァンギャルドなスパイスをプラス
- タイトなシャツとパンツに対しオーバーサイズのポンチョをラフに纏ったバランスが素敵
(以上、『InRed』「The FASHION PICK」2022年9月26日)
(1)~(3)は、いずれもカタカナ語の使用が目立ちます。篠崎晃一は、流行語の発生条件として「新奇さ」を挙げ、「われわれは、マンネリズムを嫌い、既存のものに飽きると目新しいものを求めていく。ことばの面においては、カタカナ語の使用によってその欲求を満たすということも一つの手段である」としています(「流行語の発生と伝播」『国文学 : 解釈と教材の研究』より)。新しさの表現として、カタカナ語が多く用いられる傾向があることは確かです。さらに、あまり見かけない専門用語(たとえば、(1)の「カナージュステッチ」は正方形とひし形が交差したような格子柄です)が使用されていることもわかります。他にも特徴が見つかるでしょうか。
女性向けファッション雑誌の3年分の調査(保田祥ほか「<新しさ>のために循環する表現―女性向けファッション雑誌『InRed』を材料に―」)では、新しさを表す表現が主に大きく3 種類確認されていました。
まず、対象物そのものについて新しさを表そうとする表現例です。「ボーイフレンドデニム」(2006~7年頃初出)「マカロンカラー」(2010年初出)のような新しい複合語の例が見られています。複合語を構成するA・B(および対象物の写真画像)はとりたてて新しいものではないものの、複合した「AB」の形が新しいという例です。既存の対象物を新しく言い換えようとしている場合が多く、読者がどのようなものであるか特定可能でありながら、しかし新たに登場した対象物らしく名づけることで、一転した印象を生み出す表現方法といえそうです。
表現が新しい例としては、よく使われる語(新しさが失われた語)をあまり使われない語に言い換える方法と、特殊な借用や混入を行う方法が使われやすいようです。
外来語として定着しよく使われている「リッチ」を「ラグジュアリー」「リュクス」などの使われにくい語に言い換えるような例が多く見られます。先の(1)でも、「象徴的」「シンボリック」などとは言わずに「アイコニック」を用いていました。しかし、あまり使わない語へ言い換えられていると完全には意味が伝わらない可能性があります。そこで、(1)の「アイコニックな」、(2)の「アヴァンギャルドな」のように修飾語として用いられることになります。修飾語として使用すれば、正確な意味が伝わりにくかったとしても(例 : 「シアーなアーバンバカンススタイル」「アグレッシブなトレンチ」など)、修飾されている対象物を写真画像などで確認することが可能ですし、語感としての新しさが伝わります。
なお、修飾語として導入されやすい新しい表現も、修飾語としての「AなB」(例:「ガーリー(A)なカジュアル(B)」)の形が定着し、新しさが失われてくることがあります。そうすると、複合語「AB」(例 : 「ガーリー(A)カジュアル(B)」)も使われやすくなり、さらには「BA」(例 : 「大人(B)ガーリー(A)」)のような複合語や単独の「A」(例 : 「ガーリー(A)を加速する」)として用いられるまでに定着することもあります。このように十分に定着して一般的な表現となると、一周回って目新しい用法としての修飾語(例 : 「マリン(A)なリボン(B)」(2010年))で現れることもあります。
また、目新しさという点において、他分野の用語や古い表現を借用したり、異表記を混入したりすることによって新しく見せる例も見られます。たとえば、「甘辛ミックスで奏でる」(2008年(2005年までに「奏でる」のファッション誌での用例は取得できない))「隠し味を注入」(2011年(2005年までに「隠し味」「注入」ともにファッション誌での用例は取得できない))などは他の分野の表現を借りています。「イットルック」(1930年代の流行語「イット(性的魅力(※1))」や「リアルクローズ(日常生活で着られるような衣服(※2))」(1970年代の用語)などの古い表現、「裸色」「熱帯色」のような漢語を混ぜたり、「LOVEバッグ」「スカーフで華やぎをIN」のようなアルファベット混じり表記、「キレイ色」「コーデのハズシ」(2008年)のような和語や漢語のカタカナ表記を用いたりする例もあります。(3)では、「ポンチョをラフに纏ったバランス」とカタカナ語の中に常用漢字ではない「纏う」が用いられていました。常用外の漢字表記によって表現に新しい印象が加わっているのではないでしょうか。
(※1)JapanKnowledge『日本国語大辞典』(lid=2002004781cdpnFKb78t)より
(※2)JapanKnowledge『大辞泉』(lid=2001019205550)より