ことばの疑問

「シュークリーム」は“和製外来語”か

2012.11.01 山田貞雄

質問

「シューはフランス語、クリームは英語による、和製外来語」という説明を見つけました。 「シューはフランス語」「クリームは英語」「和製外来語」とは、どういう意味でしょうか。

回答

「和製外来語」という言葉については、もともとの「外国語」が、日本語風に変化したり、日本語に馴染んだりした「外来語」を、わざわざ「和製」という必要はないようにも思えます。「襦袢」や「八重洲」のように、単に原語の発音がはっきりせず訛って日本語化した、とか、漢字で表記しているうちに発音もすっかり化けてしまった、などということがしばしばあったことを考えると、それとは異なり、「シュークリーム」の場合、異なる言語から各部分を持ち寄った、といった経緯を想像させる言葉のようにも思われます。

また原語には、まったくない表現を日本で造語したものを「和製○○語」などといいます。ここでは、二か国語にわたるので、単に「外来語」とまとめているようにも見えます。もっとうがってみれば、日本語での外来語「シュークリーム」を言うときに、「(古代フランス語をもととする『クレーム』と同根の)クリームは英語」とわざわざ言い切るものか、という意地悪な問題も残ります。

フランス語では、キャベツに模した名づけ「シュー・ア・ラ・クレーム(chou à la crème)があるのですが、英語では「パフ」といった別の物にたとえています。ですから「クリーム」だけを英語に起因すると断ずる根拠には足りません。もちろん慣用化が進んで、できあがった語形「(『クレーム』ではない)クリーム」は、結果的には英語形といえます。外来語形成過程の詳細がもっとわかれば、表現の適切性を判断できるかもしれません。

さて、日本でこの菓子が発売されたのは、明治20年前後のことで、菓子の歴史を書く本や、洋菓子の名店の歴史にも、その様子がうかがえます。しかし、その当時の新聞記事や広告には、「シュークリーム」の語形が明記された形跡がなく、どこから「シューアラクレーム」が「シュークリーム」に化けたのか、はっきりしません。

そこで、シュークリームの作り方を解説する製菓技術の本を調べてみました。明治38年6月刊行の『実験和洋菓子製造法』という菓子作りの教科書では、「シューアラケレーム」とあり、同38年8月刊行の『和洋菓子製造全書』では、「シューアラクリーム」、39年3月の『欧米新式菓子製造法』では、「シューアラクリームケーキ」と見えます。周辺には「・・・ケレム」などというものもありました。最初に発売後、少なくとも10年以上経っても、作り手側の名称は、微妙にゆれていた模様です。

実は、上に引いた明治38年6月『実験和洋菓子製造法』の口絵には、「シュークリーム」の語形が出てきました。ところが、その指し示す図には、月餅のような楕円の菓子で、上にチョコレートがかかって、唐草模様が出ており、「シュークリーム」とは似ても似つかない菓子に見えます。本文で「シューアラケレーム」の次項に解説する「エクリアクリーム」(現在の「エクレア」)を交えても、口絵の呼応は明らかではありません。もしかすると文字で正式に書く時と、通常の呼び名や商品名とでは、差が生じていたのかもしれません。

さて、大正時代もすすむと、ロスタン原作の「シラノ・ド・ベルジュラック」という小説が翻訳され、昭和に入ると舞台化され、大衆化しました。料理屋の場面では、皿に大盛りにした菓子類が登場します。「シュウ・アラ・クレーム」は擬人化されて、「クリームのよだれを流している」といった表現や、「プチ・シュウ」という語も見えます。日本では、いずれも仏文学者による翻訳やそれを基にした脚本があり、「シュークリーム」の語形を確かめることはできません。「シラノ」の話で「シュークリーム」になるのは、単行本でいえば、戦後昭和30年代に子供向けの世界名作文庫として収められたものが早いようです。

このように「シューアラクレーム」を中心として名づけられていた菓子が、いつ「シュークリーム」になったのか、証拠をもとに証明することは困難でした。外来語の中には、秋の「シルバーウィーク」と一緒に映画会社が打ち出した、春の「ゴールデンウィーク」ばかりが一人歩きしたように、語源や由来の比較的はっきりするものもあります。そういう語形形成の意図や経緯の明確なケースは、むしろまれといえるでしょう。

結論からいえば、「クリーム」だけは英語、というように、できあがった部分や表象から、(多言語をとり合わせた)「和製外来語」とする表現が妥当なのかどうかは、限りなく不明なので、公には避けるに越したことはない、と言えるでしょう。

書いた人

山田貞雄

YAMADA Sadao
やまだ さだお●伝統的な日本語学(旧国語学)を勉強したのち、旧図書館情報大学では、写本と版本の二種によって、『竹取物語』を読みとく授業や、留学生のための日本語・日本事情を担当。その後、国語研究所では、「ことば(国語・日本語・言語)」に関する質問に回答してきました。日常の言語生活や個々人の言語感覚が、「ことば」のストレスにどう関わるか、そこに “言語の科学”は、どこまで貢献できるか、が、目下最大の興味の的です。

参考文献・おすすめ本・サイト

国立国会図書館 インターネット公開 デジタル化資料 『実験和洋菓子製造法』(大倉書店 1905)
国立国会図書館 館内閲覧限定 デジタル化資料 『近代劇選集 第2巻 シラノ・ド・ベルジュラック(楠山正雄 訳)』(新潮社 1920)
同   『シラノ・ド・ベルジュラック』(辰野隆・鈴木信太郎訳)』(白水社 1922)