ことばの疑問

「上から目線」の「目線」は昔からあることばですか

2018.06.01 塩田雄大

質問

「上から目線」の「目線」は昔からあることばですか。

回答

ことばとしては、わりと昔からあります。ですが、これが今と同じような意味で使われ始めたのは、また広く一般に使われるようになったのは、比較的最近のことみたいなんです。

まず、「目線・眼線」ということば自体は、明治になる前、幕末のころの資料にもすでに出てきています。しかしこれらは今とは意味が違うもので、現代の「目線」の直接の起源は、第二次大戦のころ、映画関係の人たちが仲間内で使っていたことばだそうです。これに加えて、幾何学、これは数学の一種ですね、この幾何学関連の専門用語や、また近代の中国語でも、「目線・眼線」という言い方が使われていて、ここらへんとの関連・影響も考えられるとか。これは、この問題にものすごく詳しい、日本語学者の橋本行洋さんによる研究の成果です(「「めせん(目線・眼線)」の成立と展開」)。

現代の「目線」ということばについて、国語辞典ではどのように説明しているのかを見てみましょう。実は、「目線」の意味は一つでなくて、いろいろあるのです。

〔もと、演劇・テレビ用語〕視線。「―が合う・―を はずす・カメラ―〔=カメラのほうを向いた目〕」
その立場からの見方。視点。「幼児の―で見る・国民の―に立った政治」⇒:上から目線。
目の高さ。「歩きタバコの火が子どもの―にある」
〔報道などで〕顔写真の目をかくす太い線。「―を入れる」

(『三省堂国語辞典 第七版』三省堂)

この辞典では、今のこの説明になるまでに、「目線」ということばをこんな感じで扱ってきました。

初版(1961年): 「目線」の項目の掲載なし
二版(1974年): 「目線」が、① に相当する意味で掲載される
四版(1992年): ④に相当する意味が追加される
五版(2001年): ②に相当する意味が追加される
七版(2014年): ③が追加される

つまりですね、時代的には、おおまかに①→②→③の順で意味・用法が加わる形で広がってきたんだと考えられるんです(④は少々異なるものなので、ここでは別扱いにしておきました)。③はかなり新しいもので、ここでは①と②について簡単にお話ししましょう。

まず① の意味の「目線」についてです。さきほど紹介したように、「目線」は最初は映画関係者の仲間内のことばだったのですが、その後一般の人たちにも広まり、1970年代には世間で普通に使われるようになっていたようです。たとえば、次のような歌謡曲の歌詞があります。

「この街のアリスたち 不思議な国のCity City Girl カタログ雑誌かかえては 目線キョロキョロ City City Girl」(「表参道軟派ストリート」作詞・阿木燿子、歌・水谷豊、1978年)

「あああ ここにも さよならの切れはし 目線そむけ だけど 隠せないとまどい」(「あざやかな微笑」作詞・森雪之丞、歌・石川ひとみ、1979年)

この「目線」ということばは、当時よく使われてはいてもあまり評判がよくなかったようで、テレビの視聴者から放送局に1981年に寄せられた「最近、特に気になることばづかい(新語・流行語・誤用など)」の例の一つに、「目線」が挙げられているんです(「「放送のことば」にのぞむもの―鳥取の視聴者にきく―」『文研月報』31-4)。また放送局の側では、部内への注意喚起として1983年に

「最近、マスコミ用語の一般語化が目立っている。「電話を入れる」とか「本番」「目線」など、一般の人が聞いてオヤッと思うこともしばしばだが、放送番組の中で部内者がこの種のことばを不用意に使うのは好ましくない」(「放送のことば」『放送研究と調査』33-6)

というものがありました。

次に、②の意味の「目線」についての話です。1980年代なかばごろの雑誌に「民衆レベルの日韓新時代とは こだわりを超え、対等な目線で対話を」(『エコノミスト』62-44、1984年10月)というタイトルの記事があるのですが、このような用法が一般的になったのも、たぶんこの時期だと思います。

この②の用法、現代ではかなり定着しているようです。世論調査(2008年実施[NHK放送文化研究所]、1,301人回答)で、「庶民の目線で考える」という言い方はおかしいかどうかを尋ねたところ、「おかしくない」という人が72%になりました。「おかしくない」と感じる人の割合は、年が若い人たちの間ではさらに高くなっています(塩田雄大・太田眞希恵・山下洋子「『目線』『立ち上げる』も日常語に ~平成19年度「ことばのゆれ」全国調査から~」)。

グラフ:「庶民の目線で考える」という言い方はおかしいか

ちなみに、ご質問の「上から目線」は、辞書ではこんなふうに説明しています。

他人を見下すような、自分を上位に置いた尊大な態度。(『広辞苑 第七版』岩波書店)

こういう態度をとったらだめだぞ、と辞書に教えられている気がします。

書いた人

塩田雄大

塩田雄大

SHIODA Takehiro
しおだ たけひろ●NHK放送文化研究所 主任研究員。
放送で用いる日本語の方針立案・策定に関する言語調査・研究を担当、『NHK日本語発音アクセント辞典 新版』(1998年版)・『NHK日本語発音アクセント新辞典』(2016年版)改訂に従事。著書に『現代日本語史における放送用語の形成の研究』(三省堂2014年)。カレー大好き。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 橋本行洋(2009)「「めせん(目線・眼線)」の成立と展開」『国語語彙史の研究 28』和泉書院、pp.223-243.
  • 塩田雄大、太田眞希恵、山下洋子(2008)「『目線』『立ち上げる』も日常語に ~平成19年度「ことばのゆれ」全国調査から~」『放送研究と調査』58巻6号、pp.38-54.