ことばの疑問

方言グッズと方言イメージ

2018.07.24 井上史雄

質問

この間大阪に行ったら、駅の売店や街のみやげ店で、たくさんの方言を見かけました。そういえば方言を使った商品は各地にあるようです。大阪は特に多いのでしょうか。方言グッズの販売に地方差はあるのでしょうか。

方言グッズの販売に地方差はあるのでしょうか

回答

方言の歴史とイメージ

いい質問です。実は自分自身、各地に旅行したときに、みやげ店で方言を使った商品などを探して、買っています。確かに大阪にはたくさんあります。大阪のある店で何種類か買った上で、「写真を撮らせてください、全部は買えませんから」と頼んだら、ふところ具合を察して、許してくれました。図1 に示しました。2018年に京都駅のみやげ店で方言クリアファイルを見つけて買ったあと、店主に「方言を使ったみやげ品はどうですか」と聞いたら、「よく売れます」という返事でした。大阪商人は「ぼちぼちでんなあ」と答えるそうですが、京都の商人は正直です。同好の士が多いことは、方言グッズのコレクターとしては、ありがたいことです。

図1: 大阪のある店の方言コーナー

データがたくさん集まると、何かしらの傾向が浮かび上がります。方言グッズの多さについては、地域による違いが際立ちます。図2 は、自分で買った実物または本に載っていた画像などで、1960年代から2006年までに662個が集まった段階で、県別に集計したものです。東北地方と関西と九州に多いことが読み取れます。

方言グッズの県別グラフ
図2: 方言グッズの県別グラフ

これは昔からの傾向のようで、戦前の方言絵はがきコレクションにしぼっても同じ傾向でした。戦後の方言てぬぐい、方言のれんなどでも同様だし、最近の方言名のついた商品や施設でも同じです。地図にすると、日本の両端と真ん中の関西に多くて、阿蘇山のような二重火山の、中央火口丘と外輪山に似ています。

歴史的にも二重火山を考えるといいでしょう。東北と九州は、古代から、日本の文化的中心地京都から離れて、別のことばを使う場所と見なされていました。古い外輪山にあたります。一方、関西は新しい中央火口丘にあたります。近世以降江戸・東京が政治的にのし上がったために、関西との東西対立意識が生じて、「関西弁」というとらえ方が出たのです。

この歴史的背景を踏まえて、現代的な説明をするには、方言イメージが役立ちます。話し手は各地の方言について、イメージを持っています。心理学の手法を使って分析してみたら、知的イメージと情的イメージを組み合わせて諸方言を分類できました。東北と関西と九州のことばは、情的イメージが高いプラス値を示しました。これに対して東京付近のことばは、知的イメージが高いプラス値を示しました。

方言グッズの量と情的イメージの強さをグラフにすると、きれいな相関関係を示します。つまり東北と関西と九州では、地元の方言にプラスの情的イメージを持っていて、方言グッズを作るのです。愛郷心、郷土愛の表れとも言えます。これと逆に、大都市の周辺に方言グッズが少ない傾向が見られますが、これは高度経済成長期に大都会への交通が便利な割に地価が安いので住んだ人たち(埼玉都民、千葉都民、奈良府民、滋賀府民など)の、地元愛の薄さが影響したのでしょう。

このほかにも、近代の共通語(東京語)との違い、ことにアクセントの違いも働くようです。もっと細かく見ると、方言グッズは観光地のみやげ店に多いので、観光客の多さが影響することは確かです。

ことばの研究と言っても、様々あります。方言が世の中でどんなふうに扱われているかを探るのもれっきとした研究に結び付くのです。ある郷土物産店に入って、熱心に探していたら、店員が「何か探しているんですか」と声をかけてくれました。「方言を使ったみやげものを…」と言ったら、売り切れになって店頭に出していない商品を見せてくれました。記録のために写真を撮らせてもらいました。

方言研究者はみやげ店で一つ一つを丁寧に見るので、普通の観光客と行動パターンが違うのでしょう。店の人はちゃんと観察しているようです。これで、目深に帽子をかぶり、マスクをして、入ったときにまず監視カメラの位置を確かめ、店員の視線をうかがうような行動をとったら、万引き犯か、強盗の下見と疑われてしまいます。店員の「何か探しているんですか」はありがたいのですが、警備員から「何をしているんですか」と声をかけられないように、気をつけないと…。

書いた人

井上史雄

井上史雄

INOUE Fumio
いのうえ ふみお●東京外国語大学・明海大学 名誉教授。
1942年山形県鶴岡市生まれ。東京大学大学院 言語学博士課程修了。博士(文学)。著書に『新・敬語論』(2017、NHK出版)、『日本語ウォッチング』(1998、岩波書店)、『日本語の値段』(2000、大修館)、『言葉づかい新風景』(1989、秋山書店)、『言語楽さんぽ』(2007、以下明治書院)、『社会方言学論考』(2008)、『ことばの散歩道』(2013)など。

参考文献・おすすめ本・サイト