「おっしゃられる」のような二重敬語はどのぐらい使われていますか。
「おっしゃられる」は、「言う」を「おっしゃる」と尊敬語にし、さらに「れる」という尊敬語を加えています。このような二重敬語を、文化審議会答申「敬語の指針」(2007)が説明しています(図1)。
なお、二つ以上の種類を組み合わせた敬語には「お」や「御」を付ける場合(例:お名前、お忙しい、お察しする、御立派、御説明、御覧になる)や、二つの語をそれぞれ別々に敬語にして接続助詞「て」でつなげる場合(例:お食べになっていらっしゃる=「食べる」→「お食べになる」+「いる」→「いらっしゃる」)もありますが、これらは二重敬語にあたりません。
まず、二重敬語がどのぐらい使われているのか、『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(以下BCCWJ)で「おっしゃられる」を例として調べてみましょう。(今回は、検索サイト「中納言」を用いて調査しました。ほかに登録不要の「少納言」もあります)。BCCWJは、現代日本語の書き言葉をできるだけ忠実に反映するようにサンプルを集めて作られた、1億語規模の言語資源です。つまり、BCCWJを調べることで、実際の現代日本語における使用を推測することができるのです。さて、「おっしゃる」に尊敬語の「れる」を加えて二重敬語にしていた例は「おっしゃる」用例全体の3.2%でした。現代日本語の敬語使用においてこのような二重敬語の使われている割合は、2~4%ぐらいと考えられます。
ただし、最近Webなどで使われているのではないかという疑問も生じます。『国語研日本語ウェブコーパス』(以下NWJC)は、Web上の日本語を100億語規模で調査できます。(検索サイトは「梵天」。※ 登録不要版は文字列検索のみ可能)。NWJCでは、「おっしゃられる」は「おっしゃる」用例全体の3.9%でした(2018年2月時点)。Web上ではそもそも「おっしゃる」のような敬語の使用が少ないのですが、二重敬語の使用割合としては少し高い傾向にありそうです。また、書き言葉ではなく話し言葉でよく使う可能性も考えられるでしょう。たしかに、「おっしゃられる」の使用されていたジャンルをBCCWJで見てみると、多くが国会会議録でした(図2右)。
日本語の自発音声を大量に集めた『日本語話し言葉コーパス』(以下CSJ)では、話し言葉の調査ができます。(検索サイトは「中納言」)。CSJで調べてみても、「おっしゃられる」と二重敬語にしていた例は「おっしゃる」用例全体の2.0%に留まっていました。二重敬語が話し言葉で特に使われやすいというより、敬語のよく使われる場面が会議である(図2左)ことが影響しているようです。なお、「言う」とその尊敬語「おっしゃる」では使われる量が大きく違うことも思い出しておきましょう(図3)。敬語の使用割合は日本語全体においては僅かであり、特定の場面、ここぞというところで使われるものです。だからこそ、敬語によって敬意が表現できるのです。
「敬語はどうあるべきだと思うか」という世論調査結果(平成27年度)を見ると、過去の調査(平成7年・16年度)よりも「敬語を使って話すべきだ」という考え方の人が増えています。敬語を使う場面が増えれば、一般的な表現では物足りずさらに敬意を加えたくなる人が増え、二重敬語はもっと使われるようになるかもしれません。大学生を被験者として、「おっしゃられる」と「お亡くなりになられた」(二重敬語)、「お読みになっていらっしゃる」(接続助詞でつなげた敬語)という表現が気になるかどうかと印象の良し悪しを調べた調査があります(河正一・金井勇人「過剰敬語の規範性と印象について : 大学生への意識調査から」)。この調査では、二重敬語が「気になる」という回答は「気にならない」を下回ります。反対に、二重敬語でない「お読みになっていらっしゃる」のほうが、冗長で「気になる」人が多かったといいます。そして、いずれも「印象が良い」との回答が多かったようです。見聞きする人の印象や一般性の判断も、表現の使用に影響するでしょう。