ことばの疑問

「国」と「國」のように、昔と今とで形がちがう漢字があるのはなぜですか

2019.01.22 銭谷真人

質問

「国」と「國」のように、昔と今とで形がちがう漢字があるのはなぜですか。

国と国、形が違うのはなぜ
人情本『比翼連理花廼志満台』初編上(国立国語研究所蔵)より加工

回答

最初に確認しておきますと、「国」と「國」は意味も読みも全く同じで、漢字としての働きに違いは全くありません。「水戸黄門」でおなじみの「徳川光圀」の「圀」も同様です。このように機能が同じで形が異なる漢字のことを、「異体字」と呼びます。「崎」に対する「﨑」、「島」に対する「嶋」などは、みなさんもきっと見たことがあるでしょう。異体字は案外私達の身近なところで使われています。さて「國」は「国」の異体字ですが、今はあまり見かけませんね。それは何故でしょうか。

一般に今使われている「国」のように画数の少ない簡略化された漢字のことは「新字体」、昔使われていた「國」のように画数の多い難しい漢字のことは「旧字体」と称されます。昭和24(1949)年、それまで使われていた難しい字体をやめて、簡単な字体を使うようにと、内閣が国民に告示したのが「当用漢字字体表」です。「当用」というのは、「当面用いる」という意味で、実は漢字自体の使用をやめさせるということも視野に入れての名称でした。その「当用漢字字体表」の中で、簡略な字体に改められていた漢字が「新字体」です。新字体は昭和56(1981)年、内閣告示の「常用漢字表」にそのまま引き継がれました。今度は「常用」ですので、「常に用いる」漢字として制定されました。そして現代でも新字体が「正しい漢字」(ここでは教育上、一般的にという意味で)として使用されるに至った訳です。

国は新字体、國は旧字体

ここで一つ注意していただきたいことがあります。「新字体」というと、その時新しく作られたかのように思われるかもしれませんが、そうではありません。漢字には昔から、字源(漢字の構成原理、「國」ならば「囗+或」)に則った「正字」、字画(漢字を構成する点や線)を簡略化した「略字」(「學」に対する「学」など)、字源からは外れた書き方だが世間一般に通用している「俗字」(「裏」に対する「裡」など)など、一つの漢字に対して複数の異体字が存在することが珍しくありませんでした。そして正字以外の字体も一般的に使われてきたのです。

例えば江戸時代の版本(手書きの文字や絵を版木に彫って印刷した出版物)には略字や俗字なども多く見られます。今とは違って、行書や草書など、字を崩して書くことも多かったので、崩して書き易い字体が好まれたということもあったのでしょう。やはり字を書く上で、それが書き易いかどうかというのは、重要な要素です。新字体は長い漢字の歴史の中で生み出された数々の字体のヴァリエーションの中から、簡単に書けるものを選んだということです。それ故に現代では、書くのが難しく、「正しい漢字」ともされていない「國」をわざわざ書くことはしないのです。なお既に江戸時代には現在の新字体に相当する字体が使われていながら、「戦前=旧字体のみの使用」というイメージがあるのは、明治期になってから隆盛した活版印刷においては正字の使用が好まれていたからであると考えられます。正字の中には「國」や「學」などの旧字体が多く含まれ、戦前の書籍や新聞を見ると、それが目立つのです。活字は一度作ってしまえば何度でも使えるので、難しい字体であっても構わなかったのでしょう。

なるほど、書きやすいね

ところで現在でもどうしても「国」ではなく、「國」と書かなければならない場合があります。それは戸籍上の氏名に「國」の文字が使われているときです。戸籍上の氏名は、新字体と旧字体などの字体の差も厳格に区別されます。正式な書類においては、「國」の字を用いる必要があるのです。現代では新しく生まれてきた子供の名前に旧字体を用いることは基本的にはできません(人名用漢字として一部認められているものもあります)が、昔は正式な場では旧字体の方が通常用いられていました。名前に旧字体が用いられている方は今でも多くいらっしゃいますし、苗字に旧字体が用いられている場合などは、それが半永久的に受け継がれていくことになります。漢字の意味や読みは同じでも、「国」と「國」を区別することには、まだまだ意義があるという訳です。

戸籍の氏名に異体字が用いられている場合、一般的な字体に直して書く方もいらっしゃいますが、よほど難しい字体でない限り、普段から異体字を用いる方が多いのではないかと思われます。そのため人名に使用される頻度の高い異体字は、やはり目につきやすいですね。前述の「﨑」や「嶋」が身近に感じられるのもそのためでしょう。異体字は人名の他に、地名に用いられていることも多々あります。中にはその土地でしか使われない「方言文字」と呼ばれる特殊な異体字も存在します。

人名や地名に見慣れない漢字を見つけた場合、それは「知らない漢字」ではなく、「知っている漢字の異体字」の可能性もあります。調べてみるときっと、面白い発見があると思います。

武藏(むさし)(くに)豊嶌邑(としまむら)

江戸時代の版本には既に新字体である「国」(図では正確には「囗」に「王」ですが)の字体が見られます。
ちなみに「嶌」も「島」の異体字です。「嶋」とは「山」と「鳥」の位置関係が異なっているのが面白いですね。

武蔵の国豊嶌邑
人情本『比翼連理花廼志満台』(国立国語研究所蔵)より「武藏(むさし)(くに)豊嶌邑(としまむら)

書いた人

銭谷正人

銭谷真人

ZENIYA Masato
ぜにや まさと●日本学術振興会 特別研究員 PD。
2018年博士(文学)学位取得(早稲田大学)、専攻は日本語学(文字・表記)、専門は近世近代の平仮名の字体。主要論文に「『横浜毎日新聞』における仮名字体および仮名文字遣い ―明治期の新聞における字体の統一について」(2014、『日本語の研究』10巻4号)など。(著者近影は、人情本『小三金五郎仮名文章娘節用』 国立国語研究所蔵より)

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 笹原宏之(2006) 『日本の漢字』 岩波書店
  • 高田智和、横山詔一(編)(2014) 『日本語文字・表記の難しさとおもしろさ』 彩流社
  • 「難字大鑑」編集委員会 編(1976) 『難字大鑑』 柏書房