ことばの疑問

電話に出るとき「佐藤です」ではなく「佐藤ですが」とか「佐藤ですけど」のようにも言うのはなぜですか

2019.06.05 宮内佐夜香

質問

電話に出るとき「佐藤です」ではなく、「佐藤です」とか「佐藤ですけど」のようにも言うのはなぜですか。

はい、佐藤ですけど…。なぜ「けど」を付けて言うのだろう?

回答

「が」「けど」(けれど・けれども等含む。以下「けど」で代表させます)は日本語の文法の中で一般に「接続助詞」とされる語です。たとえば、次の(1)のように使われます。

(1)4月になったけど雪が降った。

雪を見る犬。4月になったけど雪が降った。の「けど」は逆説

このとき「けど」は、「4月は春で暖かくなるものだ」から「雪は降らない」と思っていたのに反して「雪が降った」というような、前の句からの予測と異なる内容を後ろにつなげる、「逆接」と呼ばれる働きをもっています。ではつぎの(2)のような例はどうでしょうか。

(2)今年の受賞作を読んだけど、すごく面白かったよ。

本を読んでよろこぶ犬。「今年の受賞作を読んだ」は「話題」。続く「けど」は逆説ではない

この場合、前の句と後ろの句の内容は逆接の関係ではありません。このとき、「けど」は、前に示した内容についての説明を後に続けて述べる、「話題提示」の働きをしています。このような用いられ方も当たり前に行われており、「けど」は接続助詞として複数の働きを持っていると言えます。

さて、接続助詞という名前ですが、これは文末でも用いられます。「けど」だけではなくほかの「から」や「ので」なども同様です。

国立国語研究所が作った、日本語のさまざまな書き言葉が収録された『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)というデータベースがあります。これに収録された書籍や新聞、雑誌といった出版物(規模は全部で約3400万語)で、接続助詞の「けど」と「から」が何例用いられているのか、そのうち〈。!?」…〉といった文末に用いられる補助記号の直前に現れる例はいくつあるのか調べてみました。

その結果は下の図のようになります。もちろん文の途中で用いられる場合の方がずっと多いのですが、15~20%程度の一定数、文末を示す補助記号の前で用いられていることが分かります。

「接続助詞の文の中の位置」「から」と「けど」を比較したグラフ

「けど」が文末で用いられる例の一部を示すと、つぎのようなものがあります。

(3)「セーフティーバントとか、いろいろやってはみたんだけど…」と、西武・伊東監督は完全にお手上げだった。(BCCWJ収録、毎日新聞 朝刊、2004年7月28日)

落ち込む犬。いろいろやってはみたんだけどの「けど」は逆説。察してほしい意図が省略されている。

(4)「浩子さん、いらっしゃいますか?」 「浩子さん?」 「長谷川浩子さんですけど」 「ああ、あの方なら、昨日、引っ越していかれましたよ」(BCCWJ収録、西村京太郎『全席死定』徳間書店、2004年)

二匹の犬の会話。浩子さん?長谷川浩子さんですけど。この「けど」は話題の提示。続く「いらっしゃいませんか」が省略されている。察してほしい意図がある。

これらはおおむね接続助詞の働きを反映しています。(3)は「いろいろやってみたけど【成果はなかった】」という逆接の内容が省略されていると解釈できますし、(4)は話題にしたい人名を示し、「長谷川浩子さんですけど【いらっしゃいませんか?】」のように、相手から情報を聞こうとしているように思われます。ただし、【】の部分はまったく言葉に示されていませんので、接続助詞で文が終わる場合、そのあとに続くだろう内容は聞き手や読み手が会話や文章の流れから判断することになります。いわゆる「言外に伝える」、はっきりと言わずに相手に察してもらうという行為はコミュニケーションの上で頻繁に現れるものです。

質問の「佐藤ですけど」に戻って考えてみましょう。これは(4)と同様の用法で、話題提示に類する働きのある「けど」です。ここに省略されている内容があるとしたら、「そちらはどなたですか?」「ご用件は何でしょうか?」というような内容が想像できます。実際にこのような電話の受け答えの場合、かけた側がこのあと名乗ったり、用件を説明したり、という内容が続いていくことになります。「~です」と言い切る言い方をしないで、「~けど」や「~が」で終わる言い方をする方が、このような受け答えを相手に促す意識が現れているように思われます。インタビューなどでも、よく見られる表現です。

(5)― それと最後の「ここは見ないで下さい」というタイトル、気になるところですけど
後藤  そのまんまです。ここは見ないで下さい。
(BCCWJ収録、『お笑いタイフーンJapan』、2004年)

(5)では興味のある箇所を示してインタビュー相手から話を聞き出す流れの中で、「~けど」が使われています。

以上のような会話での働きからみると、文末で用いられる「けど」は、省略されている内容が何なのかを重視するより、接続助詞のもともとの働きを離れて、会話をそのままつなげていこうとする意識を示すマークとなっている、という特徴に注目した方が良いようです(こうなると文法的には、文末で用いられる「終助詞」とする方が適切かと思われます)。

電話の受け答えで「佐藤ですけど」のようにもいうのは、「~けど」という文末表現が、会話を先に続けようとする意識や、相手の受け答えを促す意識を表すものであるからだと考えられます。

書いた人

宮内佐夜香

宮内佐夜香

MIYAUCHI Sayaka
みやうち さやか●中京大学 文学部 准教授。
東京都立大学大学院 人文科学研究科 博士課程 修了。専門は日本語の文法、特に接続助詞や接続詞について、近世~現代の実態を調査・研究している。国立国語研究所で非常勤研究員として大規模な日本語データベース(コーパス)の構築に関わった経験から、「文系にもできる! 効果的なPCの研究利用」をモットーに文学部学生のPC利用活性化推進中。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 白川博之(2009)『「言いさし文」の研究』くろしお出版
  • 国立国語研究所 『現代日本語書き言葉均衡コーパス』(BCCWJ)(https://clrd.ninjal.ac.jp/bccwj/