ことばの疑問

「インフォームドコンセント」を「納得診療」と言い換えると意味がずれてしまいませんか

2020.08.25 田中牧郎

質問

「『外来語』言い換え提案」では、「インフォームドコンセント」を「納得診療」と言い換えていますが、元の外来語の意味からずれているのではないでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。

インフォームドコンセントの言い換え語は?(国立国語研究所「『外来語』言い換え提案」より)

回答

「『外来語』言い換え提案」に寄せられる意見

国立国語研究所「外来語」委員会が2002年から2006年に4回にわたって行った「『外来語』言い換え提案」(https://www2.ninjal.ac.jp/gairaigo/)は、まず中間発表を行い、一般から意見を募り、できるだけ多くの人に受け入れられやすい提案になるように再検討して、最終発表を行う形で進めました。その中間発表に寄せられた意見で特に多いものの一つが、言い換え語と元の外来語との間で、意味がずれていることを指摘する意見です。

例えば、「カスタムメードの眼鏡枠」などと使われる「カスタムメード」の言い換え語として中間発表で提案した「受注生産」という語では、元の外来語の持つ、特別にあつらえるという意味が表せないという意見が寄せられ、再検討を行い、最終発表では「特注生産」に改めました。

カスタムメードの眼鏡の言い換え提案。「受注生産」では、特別にあつらえるという意味が表せない

質問の、医師が説明し患者が同意することで成り立つ診療行為を意味する、「インフォームドコンセント」(https://www2.ninjal.ac.jp/gairaigo/Teian1_4/Words/informed_consent.gen.html)の言い換え語として提案した「納得診療」に対しても、医師の説明を意味する部分が欠落しているという批判が多く寄せられました。

言い換えのねらい

外来語の表す意味に当たる言葉が日本語にある場合は、それを探したり組み合わせたりすることで、言い換えることが可能です。「外来語定着度調査」(https://mmsrv.ninjal.ac.jp/gairaigo_yoron/)によれば、国民全体の理解率が15.3%にとどまる「カスタムメード」を、なじみがあり意味も明確な「特注」と「生産」を組み合わせて言い換えることに、異論は少ないでしょう。

一方、「インフォームドコンセント」(国民全体の理解率23.2%)のように、日本にない概念の場合、言い換えは難しくなります。この語は、1990年に日本医師会が日本の医療に導入する必要性を提言した際に、「説明と同意」と訳しました。確かに、この訳語であれば、医師側の説明と患者側の同意の双方が示され、意味の欠落はないように思われますが、医療場面で使う言葉であることが示されないという問題もあります。なじみのない概念を言い換える場合、具体的な使用場面を思い浮かべやすくするのが効果的です。「外来語」委員会が、「納得」と「診療」という組み合わせを新たに作ったのは、第一に、具体的な診療現場で問題になる言葉であることを示すねらいがありました。また、「同意」が医師からの説明に対する受動的な行為を表すのに対して、「納得」は患者の主体的な行為を表します。医療者主導の日本の医療に、患者の主体性を呼び込む方向を促そうとする点に、「インフォームドコンセント」の考え方を取り入れる意義があるととらえ、その方向を進めるのに役立つような言葉として、「納得診療」を提案したのです。

インフォームドコンセント「説明と同意」「納得診療」の違い

言い換えの効果

「外来語」委員会のねらった効果が、「納得診療」という言葉によって本当に上がったかどうかは、検証されなければなりませんが、提案が行われた当時から、病院のポスターやホームページで、患者に向かって病院の方針を説明する文章の中で使われている例が確認できました。医師が患者に対して「納得診療」を使い始め、患者にもなじみのある概念になっていくことで、言い換えの効果が上がるわけです。外来語が本来持っていた概念をそのまま移し換えようとするだけではなく、日本社会に取り入れるべき核心を伝えることのできる言葉で言い換える工夫に努めることも、概念の定着に役立つと考えられます。

本来の意味を正確に伝えたい場合は、単語ではなく文章で「医師から十分な説明を受けた後、患者がそれに同意すること」などと説明する必要があるでしょう。しかし、「ああ、あのことか」とだれもが分かる概念として広めるためには、正確さを求めるよりも、日本語として分かりやすくなり、日本社会に受け入れられやすくなることを優先して、言い換え語を工夫することも、必要なことだと考えられます。

(田中牧郎)

書いた人

田中牧郎

田中牧郎

TANAKA Makiro
たなか まきろう●明治大学 国際日本学部 教授。
専門は、日本語の歴史、日本語の語彙。国立国語研究所には、1996年から2014年まで在籍し、日本語コーパスの研究や、「外来語」や「病院の言葉」を分かりやすく言い換える研究を担当しました。編著書に、『近代書き言葉はこうしてできた』(岩波書店)、『図解 日本の語彙』(三省堂)など。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 国立国語研究所「外来語」委員会(編・著) (2006)『分かりやすく伝える 外来語言い換え手引き』 ぎょうせい
  • 国立国語研究所「外来語言い換え提案── 分かりにくい外来語を分かりやすくするための言葉遣いの工夫 ──」(https://www2.ninjal.ac.jp/gairaigo/
  • 国立国語研究所「病院の言葉」委員会(編・著)『病院の言葉を分かりやすく―工夫の提案―』 勁草書房
  • 国立国語研究所「「病院の言葉」を分かりやすくする提案」(https://www2.ninjal.ac.jp/byoin/
  • 松繁卓哉(2010)『「患者中心の医療」という言説―患者の「知」の社会学』 立教大学出版会
  • 後藤昭 監修(2008)『裁判員時代の法廷用語―法廷用語の日常語化に関するPT最終報告書』 三省堂