2005年夏、「クールビズ」は一気に広まりましたが、急速に普及する外来語には、人を引き付ける何かがあるのでしょうか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006、国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として、若干の修正を加えた上で公開します。
「クールビズ」は、環境省が公募した「夏の軽装」の新名称として生まれた言葉です。約3,200通の応募の中から選ばれ、2005年4月に環境大臣より発表されました。英語の「クール(cool)」と「ビズ(biz)」(businessの略)を合成した和製英語で、涼しく働く姿を意図して作られたものです。この夏の軽装の推進は、温暖化防止をねらい、夏の職場のエアコン温度設定を28℃にすることを目的にするものです。
夏場には、あちらこちらでこの「クールビズ」という言葉とともに、ノーネクタイの軽装をする男性の姿が増えたことが話題になりました。秋に日本経団連が行ったアンケート調査では、85.5%の企業が「クールビズ」を実施していたことが分かり、このうち今年から「クールビズ」を取り入れた企業は40.6%で、政府の呼び掛けが民間企業に広がったことが示されました。また、電気事業連合会はこの「クールビズ」によって、6~8月にかけて電力10社合計で7.9万トンの二酸化炭素(CO2)の削減効果や、販売電力量が2億1千万キロワット時減る節電効果があったとの試算を発表しています。さらに、「クールビズ」用の衣服がよく売れたといった経済効果があったとも言われています。そして、2005年の暮れには、「現代用語の基礎知識」選の「新語・流行語大賞」のトップテンに入賞しました。
「クールビズ」が急速に普及したのはなぜなのか、その理由を考えてみます。一つに、政府が運動を推進し、それに民間が応えていったことが挙げられます。しかしながら、政府の運動が必ずしも成功するわけではありません。1979年の第2次石油危機の際に、大平内閣によって通産省(現・経済産業省)が提唱した「省エネルック」ははやりませんでした。半袖スーツに代表されるような格好が不評だったこともありますが、「省エネルック」という命名にも原因があったのかもしれません。
広告というのは新しさを感じさせることが重要であり、そのために適度に分からない言葉で引き付けることが効果的であると言います。命名も広告と同じことが言えるでしょう。「省エネ」は直接的すぎる表現であり、また「○○ルック」という言い方は既に使い古され陳腐な感じが漂っていたと思われます。
それに対し、「クール」は「涼しい」や「格好良い」という意味を持つ、イメージの良い言葉です。「ビズ」は「ビジネス」の略語として日本ではまだ余り使われていなかった新鮮な言い方でした。これらを合わせた「クールビズ」という言葉には、きりりとした語感の良さもあり、正にしゃれた新鮮な響きが感じられます。事実、「クールビズ」の成功は命名の良さにあるとも言われています。公募の選定を行った審査委員会はデザイナーらで構成されていたそうです。そもそもファッション業界は外来語が多用されています。得意な外来語で命名することが功を奏したようです。ファッション業界がこのネーミングの成功に商業活動をうまく連動させて盛り上げていったことも、この「クールビズ」の言葉を一気に浸透させた大きな要因であったと言えるでしょう。
外来語による命名は、既にあったものの言い換えにも用いられています。例えば、「公共職業安定所」は1990年に「ハローワーク」と命名され、以来その名称が定着しています。直接的な言い方ではなく、「ハロー」には明るい語感があります。これらが効を奏し、以前の「職安」に比べて堅苦しさがとれ、親しみやすくなったと言えます。一方、かつて「国電」の言い換えに提案された「E電」は余りに分かりにくく、語感の悪さが感じられたためか定着しませんでした。命名には語感の良い魅力的な語を使うことが重要です。外来語が命名にうまく活用される場面は今後もありそうです。
(柏野和佳子)