ことばの疑問

高齢者の多い介護現場では外来語にどのような配慮や工夫を行っていますか

2020.12.02 中山惠利子

質問

高齢者の多い介護現場などでは,外来語についてどのような問題があり,どのような配慮や工夫を行っていますか。
※ この記事の初出は『新「ことば」シリーズ』19号(2006,国立国語研究所)です。当時の雰囲気を感じられる「ことばのタイムカプセル」として,若干の修正を加えた上で公開します。

介護原盤での外来語,配慮と工夫

回答

高齢者と外来語

文化庁の『平成15年度国語に関する世論調査』では,「言葉や言葉の使い方に関して困っていることや気になっていることがありますか」という問いに対して,最も多かったのが「外来語・外国語の意味が分からないことがある」(46.0%)という回答でした。中でも60歳以上は男性54.8%,女性57.1%と,20代の男女28.6%,26.6%に比べ,倍近くの人が困っています。

このような状況にある高齢者が受ける介護サービスの分野では,「デイサービス」「ショートステイ」「ケアマネージャー」など外来語が多く使われています。これらの語を高齢者がどの程度理解しているのでしょうか。

「外来語定着度調査(調査期間: 2002年11月から2004年8月)」(https://mmsrv.ninjal.ac.jp/gairaigo_yoron/)の結果から,上記3語の結果を抜粋してみました。

デイサービスの国民全体認知率 87.9%,60歳以上認知率 82.8%,国民全体理解率 77.2%,60歳以上理解率 73.2%,国民全体使用率 60.6%,60歳以上使用率 62.2%。ショートステイの国民全体認知率 72.0%,60歳以上認知率 59.8%,国民全体理解率 59.5%,60歳以上理解率 48.5%,国民全体使用率 38.9%,60歳以上使用率 32.9%。ケアマネージャーの国民全体認知率 72.9%,60歳以上認知率 57.8%,国民全体理解率47.2%,60歳以上理解率 34.9%,国民全体使用率 26.6%,60歳以上使用率 20.0%
表 : 介護分野の外来語の定着度
(調査時期 : デイサービス 2002年12月,ショートステイ 2003年2月,ケアマネジャー 2003年2月)

国民全体の認知率を見ると,これら3語は言わばよく知られている語と言えます。しかし,この3語を最も身近で見聞きするであろう60歳以上の結果は,「デイサービス」の使用率だけが国民全体を超えていますが,その他はすべて国民全体を下回っていることが分かります。

以上のことから,質問の「介護現場における外来語の問題」とは,いかに一般に普及した感の強い外来語であっても,高齢者に対して使うときは,相手が理解しているかどうかに十分気を付けて使用しないと情報が伝わらないことがある,という点でしょう。

介護現場での配慮や工夫

「風呂」「山」「ボランティア」。これらの言葉はいずれもある一つのことを指しているのですが,何を指しているかお分かりになるでしょうか。「あしたはお風呂ですね」「月曜日は山へ行きましょうか」「またボランティアをお願いします」というように使われているようです(※参考文献)。

実は,これらは介護現場で使われている「デイサービス」に代わる言葉なのです。勘の良い方はもうお分かりでしょうが,「山」というのは介護施設が山にあるところから付けられました。「ボランティア」は,高齢者が施設で何かを作ったり歌を歌ったりすることをボランティアをしたと位置付けて,そのお礼にお昼御飯をごちそうしたりお風呂に入ってもらったりする,ということです。サービスを一方的に受けることを潔しとしない高齢者に対して,このような言葉を使っているのです。

月曜日は山へ行きましょう

「デイサービス」には,厚生労働省が決めた「通所介護サービス」「日帰り介護」という言い換え語がありますが,高齢者とじかに接する介護職員は,「風呂」「山」などの言葉以外にも「通い」「日帰り」などを使っています。「ショートステイ」「ケアマネージャー」も同様で,厚生労働省では「短期入所サービス」「介護支援専門員」としていますが,現場では「泊り」「計画を立ててくれる人・○○さん(個人名)」などが使われています。「通所介護」「短期入所」「介護支援専門員」などの語は,書面上ではある程度正確な意味を伝えられますが,「ツウショカイゴ」「タンキニュウショ」「カイゴシエンセンモンイン」と耳で聞いた場合は分かりにくいものです。それに比べ,介護現場で使われている言葉は生活場面に依存し,当人たちにしか分からない場合もありますが,ほとんどが平易で聞いただけで内容が分かる言葉です。

介護現場では外来語にしても役所言葉にしても,分かりにくい言葉は使わず,高齢者に届く言葉を使うという配慮や工夫が日常生活の中で当然のこととして行われ,分かりやすい言葉が自然に生み出されていると言えましょう。更に言を進めれば,このような配慮や工夫が介護現場や高齢者に限らず,どこにおいてもだれに対しても行われるようになることが,より良いコミュニケーションにつながるのでしょう。

(中山惠利子)

書いた人

中山惠利子先生プロフィール

中山惠利子

NAKAYAMA Eriko
なかやま えりこ●阪南大学 国際観光学部 教授。
東京生まれ,浜松育ち,関西在住です。東京の友人には「すっかり関西人になってるじゃん」と遠い目をされ,浜松の友人には「(中山の話す)遠州弁,おかしいら~」といじられ,関西の友人には「けったいな関西弁しゃべらんとって」と注意されています。自分の言葉のアイデンティティはとっくに喪失している,怪しい日本語教師です。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 中山惠利子(2003)「介護現場のカタカナ語」『日本語科学』13,国書刊行会 (※参考文献)
  • 国立国語研究所「外来語」委員会  編『分かりやすく伝える 外来語 言い換え手引き』(2006)ぎょうせい
  • 杉並区役所区長室総務課 編『外来語・役所ことば言い換え帳』(2005)ぎょうせい