ことばの疑問

「さっきそう言った」の「言った」を「ゆった」と発音する人がいますが、現在この発音はどうなっているのでしょうか

2018.06.20 尾崎喜光

質問

「さっきそう言った」の「言った」を「ゆった」と発音する人がいますが、現在この発音はどうなっているのでしょうか。

回答

「言う」という言葉は動詞です。動詞ですので語尾の部分は「言(ない)」「言(ます)」「言」「言(ば)」「言(う)」「言(た)」のように、後ろに付く言葉とのつながりにより「わ」「い」「う」「え」「お」「っ」と変化します。

問題はこうした活用語尾の発音ではなく、その直前の「言」の部分、つまり語幹の部分の発音です。この語幹「言」を、「イ」ではなく「ユ」と発音する人が現在少なからずいるようです。

『渡る世間は鬼ばかり』のセリフを分析してみると…

どれくらいの割合で「ユ」と発音されているのか等について、横浜市にある「放送ライブラリー」に行き、テレビドラマ『渡る世間は鬼ばかり』の出演者(役者)の発音を聞き取り分析しました。このドラマを選んだのは、たくさんの登場人物(役者)がたくさんの言葉をしゃべる作品であるためデータが多数得られやすいことと、長期にわたり放送されたドラマであることからその間の時代変化や役者の個人内変化の有無をもとらえられるのではないかと見込んだためです。

1990年から2008年までに放送された番組のうち6番組(約8時間分)を調査しました。ドラマには、たとえば「そうゆうことじゃないの。」のような、もはや<発話する>という意味を持たない形式化した「言う」も頻繁に出てきますが、こうしたものも分析対象としました。データ総数は618件、分析対象となる役者の総数は48人でした。

データを分析したところ、活用語尾の発音により傾向が大きく異なることがわかりました。「言たくないわよー」とか「言ます」のように活用語尾が「い」となるときは「言」は全て「イ」です。逆に、「あたしが言」とか「この人の言とおりですよ」のように活用語尾が「う」となるときは全て「ユ」です。ひらがなで書けば「う」ですが、実際の発音は完全に「う」であるということです。これも本来は「イう」ですが、これが「ユう」と発音されるようになったのは、活用語尾が「う」であるため、直前の母音も「い」ではなく「う」でそろえる方が発音が楽であるためです。しかし、本来の「い」の痕跡も残すため、ア行の「う」(「うう」)ではなくヤ行の「ゆ」(「ゆう」)としたわけです。

これに対し「イ」と「ユ」で揺れるのはそれ以外のときです。分析すると、次に並べた後者ほど「ユ」で発音されやすいことがわかりました。「言い」と「言う」も含めて記します。カッコ内の数値は「ユ」と発音された割合です。なお「言お」はたまたまドラマに現われませんでした。

言い(0.0%) < 言え(4.8%) < 言っ(19.6%)< 言わ(58.8%) < 言う(100.0%)

この序列は、おそらく、「イ」から「ユ」への変化の順序とも対応していると思われます。(右側ほど早い)

言うの序列

「言え」の数値が「言い」に近いのは、「え」の発音が「い」に近いからでしょう。また、「言わ」の数値が「言う」に近いのは、「わ」の発音の最初の部分が「う」に近いからでしょう。

発音がおおいに分かれる「言わ」について、役者の生年別に分析すると、1940~50年代生まれ以降の役者では「ユ」が優勢になるようです。また、「言わ」については、次のように個人内でも「イ」から「ユ」への変化傾向が見られるようです。

〇 長山藍子(野田弥生役): 50代(イ3件、ユ0件)→ 60代(イ0件、ユ2件)
〇 泉ピン子(小島五月役): 50代(イ4件、ユ4件)→ 60代(イ0件、ユ3件)
〇 藤田朋子(本間長子役): 30代(イ3件、ユ0件)→ 40代(イ0件、ユ3件)

岡山市でアンケート調査してみると…

こうした「イ」と「ユ」の揺れは、方言が使われる地域にも見られます。岡山県では「さっき何て言ったの?」を「さっき何て言(ゆ)うたん?」と言います。「言った」ではなく「言(ゆ)うた」とウ音便にし、さらに文末の「の」も「ん」になります。ただし若年層ではウ音便を使わずに「言った」とし、それに方言の「ん」を付ける人も少なくありません。この「言ったん?」の「言」をどう発音するかについて、関連する表現とあわせ、回答者の内省によりアンケート調査してみました。調査の実施は2016年~17年。回答者は若年層(女子大学生)87人と高年層(60~70代の男性が中心)34人です。

岡山アンケート調査グラフ
グラフ : 「言ったん?」の「言」をどう発音しますか?

グラフに示した6つの表現を回答者に示し、自分で言うことがあるものを全て選んでもらいました。数値はそれを選んだ人の割合です。

伝統的な「ゆうたん?」は高年層で優勢ですが、ウ音便化しない「いったん?」や「ゆったん?」はむしろ若年層で優勢です。このうち「ゆったん?」は、高年層では使う人がほとんどいないのに対し、若年層では8割もいる点が特に注目されます。「イ」から「ユ」への変化は、このように方言形を含む表現においても進行しているようです。

書いた人

尾崎喜光先生

尾崎喜光

OZAKI Yoshimitsu
おざき よしみつ●ノートルダム清心女子大学 教授。
長野県上田市出身。1989年5月から2010年3月まで国立国語研究所に勤務。2010年4月から現在までノートルダム清心女子大学に勤務。専門は、現代日本語の話し言葉の多様性を中心とする社会言語学的研究。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 尾崎喜光(2017)「「言う」の発音に関する研究」『清心語文』第19号、ノートルダム清心女子大学