ことばの波止場

Vol. 14-1 (2024年11月公開)

インタビュー : 知的好奇心に駆られた研究をしていきたい(井戸美里)

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インタビュー : 知的好奇心に駆られた研究をしていきたい(井戸美里 国立国語研究所 特任助教)

日本語の評価的な表現の記述的研究をされていると伺いました。評価的な表現とは、どういうものでしょうか。

例えば「砂糖入りの緑茶なんかおいしくないよね」という文で話者が言いたいのは、「砂糖入りの緑茶はおいしくない」ということです。この文で「なんか」は、言いたい内容に直接貢献していません。では、この「なんか」がしていることは一体何でしょうか。直感的には、話者にとって価値の低いものという意味を含んでいるように感じられます。そのようなことばを評価的な表現と呼んで研究しています。

大学の卒業研究で指導教官から勧められるままに決めたテーマだったのですが、話者の価値観や前後の文脈などさまざまな問題が絡み合っていて、一筋縄ではいきません。それが面白くて、楽しくて、いつの間にか抜け出せなくなっていました。

大学生のときから言語学者になろうと考えていたのですか。

学問の道に進みたい気持ちはありつつ、就職活動もしていました。でも届くのは “お祈りメール” ばかり。落ち込んでいたら、指導教官に「あなたは言語学研究に向いていると思うよ」と言われ、甘いことばに誘われるまま大学院に進み、今ここにいます。

どういう点が言語学研究に向いているのでしょうか。

指導教官がどう思っていたのかは分からないのですが、別の人に「面白い現象を拾ってくる嗅覚がある」と言われたことがあります。確かに、どんなテーマについても、この方向から掘っていったら面白い現象が出てきそうだ、こうした方が面白い分析になる、と考えるのは楽しくて好きですし、得意です。

言語学の魅力はどのような点だと思われますか。

研究室にいるときだけでなく、お風呂に入っているときでも、掃除をしているときでも、いつでも面白い例文を考えられるというのが、言語学の好きなところです。趣味を聞かれたら「考えること」と答えようと思っているくらい考えることが好きなのですが、言語学はそんな私にうってつけの学問だったのかもしれません。

考えることが好きというのは、こどものころからですか。

はい。よく空想にふけっていました。小さいころは漫画家になりたくて、ストーリーを考え付いては、つたない漫画を描いていました。その夢はかないませんでしたが、大学院生のときに研究室仲間と言語学漫画を描いてSNSに投稿して遊んだこともあります。言語学の先生からコメントを頂くこともあって、結構人気だったんですよ。今は活動休止中ですが、いつか言語学の面白さを伝える活動につなげられたらいいなと思っています。

子育て中だと伺いました。

1歳と4歳のこどもがいます。私が大学院生のころは、ワークライフバランスの話を聞いても、昼夜の別なく研究しているのにワークとライフのバランスをどう取ればいいのか、任期付きポジションではライフイベントの計画を立てられないと、将来がとても不安でした。でも実際の私は、育児休暇を2回取り、コロナ禍をきっかけに広まった在宅勤務やオンライン研究会を活用しながら、研究を続けることができています。若い研究者の中には将来に不安を感じている人がいるかもしれません。私の経験からしか言えませんが、時代も考え方も変わっていきますし、あまり思い詰めないで、と伝えたいですね。私はたくさんの人からさまざまな恩恵を受けてきたので、将来的には、育児や介護があっても研究を続けられる環境づくりにも携わっていきたいと思っています。

研究が楽しいということばが何度も出てきました。

研究は本当に楽しいです。私は特任助教なので任期があります。任期付きポジションの人は、次のポジションに就くために、いつまでに論文を何本書かなければいけないと、追い立てられていることが多いです。そういう外的要因に駆り立てられてする研究も大事ですが、やっぱり私は、ああ面白いことを思い付いてしまった、これは論文にせねばならないという、自分の知的好奇心に駆られてやる研究を大切にしたいと思っています。

私は、言語学が好きで身を任せていたら、国語研に漂着しました。言語学者がこんなにたくさん集まっている場所は、日本にはほかにないと思います。しかもアプローチが多様なので、多方面から刺激があり、自分をどんどんアップデートできます。でも少し前までは、国語研の研究発表会に参加しても隅に座り、自分は若手だからと、発言するのをためらっていました。もったいないですよね。今は、積極的に発言し、いろいろな人と関わって研究の幅を広げていこうと決めています。