引き続き、サミット2日目の報告です。
サミット1日目では、東北地方沿岸部のことばが消滅の危機にあることが報告されましたが、それはどのような方法で判定されるのでしょうか。UNESCOの判定尺度を用いた言語・方言の危機度合いの測定方法と、日本の方言における現状が、国立国語研究所の木部暢子先生より解説されました。その概要を紹介します。(資料公開あり)
2009年にユネスコが発表した”Atlas of the World’s Languages in Danger”(世界消滅危機言語地図)によると、世界の言語約6,000のうち約2,500が消滅の危機に瀕しています。その中には、日本で話されている8つの言語(アイヌ語、与那国語、八重山語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語)が含まれています。
言語の危機度合いの判定基準には、2003年にUNESCOが発表した「言語の体力測定」が使われます。この基準を、岩手県と甑島(鹿児島県)の方言調査結果にあてはめてみると、上記の8言語とほぼ同じくらい低い数値が出るそうです。つまり、UNESCOによる指定はないものの、危機的な度合いが高いことばだということです。このような方言は日本各地にあり、大変心配な状況にあるとのことでした。
「言語の体力測定」には9つの指標が設けられています。木部先生の解説を聞きながら、以下の資料にある選択肢を選んでいくことで、判定数値を出すことができます。みなさまもぜひご自分の方言の危機度合いを測ってみてください。
引き続き、木部先生による発表がありました。その概要を紹介します。(資料公開あり)
方言を守るためにわたしたちができる取り組みは、大きく二つに分けられます。方言を記録する、そして、記録したものをきちんと伝えることです。
方言は生きて使われなければあまり価値がありません。次の世代の人たちがどうやったら方言を使うようになるかは、その地域社会に住む人々の活動がポイントになるそうです。
取り組み方法としては、こどもたちが使える方言の教材、教科書を作ること。昔話・民話・演劇もいい教材となるようです。岩手県の例をあげると、岩手県は柳田国男の『遠野物語』の舞台でもあり、その影響で民話の語り活動が大変盛んで、CDもたくさん出ています。また、宮沢賢治の詩や、井上ひさしの『吉里吉里人』のように地元を舞台とした小説も教材となります。
こどもたちが方言を使う活動例としては、国語研が鹿児島県沖永良部島で行っている「くんじゃいしまむにプロジェクト」「わどぅまいしまむにプロジェクト」があげられました。このプロジェクトでは、こどもたちが面白がって方言を使ううちに、家族みんなを巻き込んで、大人にも方言を守る意識が高まったそうです。
また、最近では動画、音声が配信できるネットでの活動も有効だそうです。ただし、これにはメディアリテラシーに注意を払う必要があります。
方言が必要ないと考える人は、方言は他地域の人に通じないから、共通語だけで充分だと主張します。大変効率的ではありますが、これでは方言どころか、英語が使えれば日本語も要らないという理論になりかねません。「それでいいのですか。」と木部先生は、画面のこちらに向けて、問いました。時代の流れだから止められないという容認論に対しては、「恐竜もメソポタミア語も、自ら進んで消滅したわけではありません。現代の方言の消滅は、自らがこどもたちに伝えないという選択なのです。」と語りました。
方言が残るか、消えるかは、私たちの手にかかっています。
北海道大学アイヌ・先住民研究センターの北原mokottunas先生の発表は、アイヌ民族の歴史やアイヌ語の発音・文法などの簡単な説明から始まりました。その概要を紹介します。
日本の歴史的な政策により、アイヌとしてのアイデンティティーを表明することが困難な時代があったことが、アイヌ語の危機的状況に大きく関与しています。貧困・差別が発生したことで、アイヌの間に、こどもたちにアイヌ語を聞かせない習慣が定着しました。また、1980年代になってアイヌ語の復興運動が始まったものの、教育環境が整わないうちに話者が他界してしまいました。現在、アイヌ語をUNESCOの指標で判定すると、多くの項目で0~1となり、非常に危機的な状況にあるとのことでした。
言語を使おうと思っても、毎回そのような説明が必要であれば「心理的なハードル」となります。北原先生からは、従来のネガティブなイメージを転換し、アイヌ語が承認された状態を目指すための、3つの課題と取り組みが詳細に報告されました。
ここでは、現地で簡単にアイヌ語に触れることができる取り組みを紹介することにします。
ウポポイでは、解説・表示にアイヌ語を第一言語として使用しています。パソコン、エレベーター、ベビーカーといった従来のアイヌ語にはないことばは、学習者・研究者が共同でワーキンググループを立ち上げて考察し、既存の表現を応用したり、新語を作成したりして、表現しているそうです。また、アイヌ語の多様な方言もカバーしています。ウポポイでは、アイヌ語を知らない来場者に向けて、アイヌ語の取り組みをそのまま見てもらえることを目指しているそうです。
公共の場にアイヌ語が流れるという新しい取り組みが始まっています。アイヌ語のアナウンスは、2018年より道南バス(平取町内)で始まり、JR北海道でも部分的に流れています。また、地下鉄さっぽろ駅「ミナパ」では、アイヌ語を使った天気予報などをリアルタイムに発信しているそうです。
荒田このみ(アイヌ語・十勝)、山丸賢雄(アイヌ語・白老)、川上絢子(八丈)、鈴木るり子(奄美)、大田利津子(沖縄)、来間玄次(宮古)、山城直吉(八重山)、宮城政三郎(与那国)
2日目の聞き比べは、UNESCOが指定した日本の危機言語が中心となりました。アイヌ語の方言が比較できたことにもご注目ください。各シーンで披露されることばは、共通語を厳密に訳したものではありません。話者が自然と感じられる表現がない場合には、その場にふさわしい所作や無言で表されました。なお、動画公開の際には、各話者の「ことばに対する思い」も追加される予定だそうです。(資料公開あり)
※ 敬称を略しました。
2日目の語りは、東北の情感あふれる民話を味わうことができました。慣れない人には聞き取りにくいと言われる東北の方言ですが、語り手の表情を前にすると、なぜだかすんなりと伝わって来る――といった面白い体験ができました。話の内容もバラエティーに富んでいます。ぜひ動画の公開を楽しみにお待ちください。
ちょっと間の抜けた男が、嫁の実家に手伝いに行き、美味しいどぶろくとぼたもちをご馳走された。その味の虜となった男は、その夜、皆が寝静まった後で台所に行き、盗み食いを始めてしまうが……。
働かずしてなんとか「銭こ」が得られないものかと、毎日考えている若者がいた。大黒様に願掛けをしたところ、夢枕に大黒様が現れて、お告げがあった。「祭りの日に豆料理を48品持って来い。」そこで若者は豆を作り、料理法を聞きまわったが、48品には2品足りない……。
息子に来た嫁を次々と追い出してしまうばあさまのもとに、13人目の嫁がやってきた。ある日、ばあさまは近所からぼたもちをもらったが、あいにくと町へ行く用がある。そこで、ばあさまは敷布団の下にぼたもち隠して、こう言いつけた。「嫁が見つけたらもっけ(蛙)に化けろ。」それを聞いていた嫁は……。セットで語られるという津軽民謡『弥三郎節』も披露されました。
昔、八戸にクジラがたくさんやってきていた頃のお話。三味線と歌が好きで好きでしょうがない坊様がいた。毎日大声で稽古に励んでいたものの、これがもう、下手くそで下手くそで……。語り手の熱演に、涙が出るほど笑えます。
閖上(ゆりあげ)に、大きな鬼瓦のある金持ちの家があった。ある時、流行り病が村を襲い、ばあさまと孫ひとりを残して一家全員が死んでしまった。残された孫は、ばあさまに甘やかされて育てられ、手の付けられない子になってしまった。たまりかねたばあさまが孫をしかると……。
※ 敬称を略しました。
東北方言と民話に係わるメンバーによる、ゆるやかな雰囲気のディスカッションが行われました。様々な角度から見た、方言の奥深さ、面白さが伝わってきました。(資料公開あり)
※ 敬称を略しました。
次回の「危機的な状況にある言語・方言サミット」は、鹿児島県知名町(沖永良部島)で令和5年1月28日(土)・29日(日)に行われる予定です。花と鍾乳洞が美しい、国頭語を持つ島です。開催が楽しみですね。