Vol. 15-1 (2025年11月公開)

奄美群島の沖永良部島に行かれていたそうですね。
私は、沖永良部島のことばについて、文法の記述、言語記録、継承研究を行っています。沖永良部島のことばは「しまむに」と呼ばれ、消滅の危機にある言語の一つです。沖永良部島には学生時代から通っていて、島の人に「お帰りなさい」と迎えてもらえることも多くなりました。
大学ではことばの研究をしようと考えていたのですか。
いいえ。ジャーナリズムやマスコミに興味があり、社会学部に入りました。言語学に進むきっかけは、「ことばと社会」という講義で取り上げられたテレビ番組でした。地域のことばで「バカヤロー」と叫ぶ企画で、宮古島の人が「ぷりむん」と叫んでいたのです。日本語にはないような響きに衝撃を受けました。
ことばへの興味はもともとあったのだと思います。小学生のころ、クラス名簿でどの漢字が多く使われているか調べたりしていました。調査やデータの分析も好きだったのでしょう。
沖永良部島のことばを研究対象としたのは、なぜですか。
卒業研究で奄美か沖縄に行きたいとゼミの先生に相談し、徳之島でオノマトペの調査をしました。もう少し研究を深めたいと大学院に進み、先生の三線の師匠のつてで沖永良部島を紹介してもらったのです。図書館の掃除をする代わりに施設を自由に使っていいということで、1カ月半滞在してオノマトペの調査をしました。沖永良部島では、「わじわじ」は怒りなどで体が震えるような感じ、「びらびら」は果物が熟れて柔らかい様子を表します。調べていくと、オノマトペも地域によって違いがあることが分かったのです。言語地図づくりが楽しくなり、「次はあの地域を調べよう」と島に通ううちに、どんどん引き込まれていきました。博士論文では、文法全体の構造を明らかにする、文法記述研究を行いました。
最近はどのようなことに取り組んでいるのですか。
アンケート調査などから島民の多くが、「しまむにを残したい」「話せるようになりたい」と思っていることが分かりました。そこで、絵本や動画、読本など、しまむにを学べる教材づくりをしてきました。一方で私自身、留学や子育てなどで島に行けない時期があり、研究者が外から訪れて行う活動だけでは持続可能性がないと感じていました。ことばの記録や継承は、地域の人たちが自発的に行わないと続きません。2019年から国語研の山田真寛さんと公民館講座を開催し、ことばを記録する人の育成を始めました。今ではたくさんの人が地域のことばを記録する活動をしています。研究者が行うより多くの記録が早く集まり、活動を通して世代間のつながりもできます。
私には人文知コミュニケーターという肩書もあり(取材時)、研究の成果を社会に分かりやすく伝え、社会からの要望を研究に活かすことを担っています。沖永良部島で行っていることは、その活動そのものといえます。
言語の継承には、ほかにも必要なことがありますか。
新しい話者を育成する必要があります。そのため2024年からマスター・アプレンティス・プロジェクトを始めました。しまむにを話せる人「マスター」と、話せるようになりたい学習者「アプレンティス」が、日常生活を一緒に送る中でことばを習得するというものです。6カ月間実施した結果、文法、リスニング、スピーキングのいずれもテストのスコアが実施前より上昇しました。
参加者にどんなツールが欲しかったか聞くと、多くの人が翻訳ツールを挙げました。今、鹿児島大学の坂井美日さんのプロジェクトで方言AIの開発も進めています。文法記述や言語記録のデータをAIに入れることで、日本語としまむにの間で翻訳ができるようになります。翻訳精度はまだまだですが、データの追加などで精度向上が期待できます。苦労して集めてきたデータを全て活用し、さらにことばの習得に役立てることができる。方言AI は画期的な技術です。
今後どのようなことに取り組みたいとお考えですか。
世界各地で危機言語の継承に取り組んでいますが、それぞれが個別に活動しています。それを横に結んで現地の人たちのつながりをつくるとともに、活動と成果についての比較研究ができないかと考えています。
ことばの研究の面白さは、どういうところですか。
例えば、動詞の活用形の表をつくっていると、「なぜここの音が伸びたり縮んだりするのだろう」と不規則に思えることがあります。でも調べていくと、背後に隠れたルールが見つかります。そうした発見をすると、ことばの中の宇宙に触れたようで感動します。しまむにの研究を10年以上やってきましたが、今も毎日新しい発見があります。