第16号(2003年7月1日発行)
「携帯」と「酎ハイ」は片仮名では,なぜ「ケイタイ」と「チュウハイ」ではなく,「ケータイ」と「チューハイ」と書くのですか?
この問題は,漢字音の書き方と実際の発音のずれから生じたものです。
もともと古代の日本語の音には,チュウハイのチュウのような複雑な音も,ケイタイのケイ[kei]のように母音が二つ並ぶこともありませんでした。しかし,漢字とともに古代の中国語の発音が輸入されて,それが日本語のなかで使われていくうちに,この種の音が次第に日本語の音として定着していくことになりました。
「酎ハイ」の「酎」の発音は,もともとチウであり,平安・鎌倉時代にはチ・ウ[ti・u]と割って発音していたと考えられています。現代語と同じチューに変化するのは,室町時代以降です。しかし,近代にいたるまで歴史的仮名遣いが使われていたため,その後,長らく仮名で書くときはチウなのに,実際の発音はチュー[ ]であるという時期がつづくことになりました。
仮名による書き方が発音に近いチュウになるのは,昭和21年9月に国語審議会が「現代かなづかい」を答申・発表してからです。ところがこの時点でも,仮名の書き方と発音が一致していたわけではなく,チュウと書きながら,実際の発音はチュー[ ]が標準的というずれが現在までつづいているのです。つまり,チュウハイは仮名遣いとしては正しいが,実際の発音はチューハイの方が近いということになります。
同じことはケイタイとケータイにもいえます。「携帯」の「携」の音の仮名による書き方は,今も昔もケイです。室町時代ぐらいまではケイ[kei]とイも発音されていましたが,江戸時代後期になると江戸でも京・大阪でもケー[ ]のようにエを長めて発音されるようになり,それが現在までつづいているのです。それでも明治・大正時代までは,まだ上層の人々や知識人はケイと発音する傾向がありましたが,現在ではケーの方が標準的です。このため,ケイと表記しながら,実際の発音はケー[
]であるというずれが現在までつづいているのです。つまり,ケイタイは仮名遣いとしては正しいが,実際の発音はケータイの方が近いということになります。
現在,チューハイやケータイという書き方が多く使われるのは,片仮名では長音符「ー」が使えるため発音に近く表記できることと,その方がユーモラスな感じやしゃれた感じが出るからでしょう。
(伊藤 雅光)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。