第17号(2003年10月1日発行)
日本語教育の現場は,日本語学校や大学の留学生センターのような日本語教育機関から,地域社会に密着した教室,学校教育の中での日本語指導など,急激かつ多様な広がりをみせています。
多様化が進んだ日本語教育の状況において,「よりよい日本語教育の実現」の具体的方策を一律に処方することは不可能です。例えば,仕事のために短期間日本に滞在する人と,将来に渡って日本に住み,日本で高等教育を受けようと考えている人の日本語学習を同じように考えるわけにはいきません。
しかし,個別性をよく考えると同時に,表面的な違いの下に共通点がありはしないかと考えることも重要です。教材や学習活動の工夫や実践で得た経験的知識を相互に共有することができれば,個々の努力が広く日本語教育全体の力となり得ます。関係領域の人々との連携体制を築いていける人材が現在の日本語教育には不可欠なのです。
国立国語研究所は日本語教育に関わる現職者を対象として長期研修,短期研修,遠隔研修という3つの研修事業を実施していますが,「長期研修」はまさにそうした人材育成を目指した10ヶ月の研修です。自分の関わる日本語教育を社会的に位置付ける視点を持ち,現場の具体的な問題を実証的に検討し,他者との連携をとりつつ問題の解決を図っていく力を備えた人材育成が目標です。長期研修として,「日本語教育上級研修」と「日本語教育研究プロジェクトコース」の2コースを開設しています。
上級研修は「教育内容の改善・教育環境の整備のための方法」を共通テーマとし,各々が日本語教育現場における実践・研究等から見出した具体的課題を追求するものです。
プログラムは,(1)相互交渉・共同作業をとおして,自らの課題を追求すること,(2)他者との連携のために,情報の収集・発信・共有等の方法を模索し,実践すること,の2つを柱としています。自分の現場を全く知らない相手に自分の実践での問題意識や取り組みを理解してもらうためには,学習環境や学習者の特性,自分自身の学習に関する考え方などを適切にことばにする必要があります。そうした過程そのものが,自分自身や自分の現場を客観的に見つめ直すことになるということを重視したプログラムです。
これまでの研修参加者の所属は,日本語学校,大学,地域の日本語教室,公立小学校などと多様です。東京近郊だけでなく,山形や鹿児島など遠距離からも参加がありました。研修開始時には,お互いの状況の違いに驚くばかりであった研修生が,共同で活動を進めるうちに,例えば「学習者相互の学び合いを促す」「学習意欲をどう捉えるか」などという共通の視点を見出し,教える相手やクラスの人数,活動形態等,全く違って見える実践の間に,相互にヒントとなることがらがあることに気づいていく様子が見られました。
研修生それぞれの課題を持ち寄って研修を進める上級研修に対し,プロジェクトコースは,国語研究所が行っている日本語教育に関する研究を下敷きにし,その枠組みや知見を使って実践に関わる教師の視点で調査研究を展開するものです。現在進行中のコースは,研究所の研究課題「日本語教育の学習環境と学習手段に関する調査研究」を基盤とし,学習リソース調査に焦点をあてたプログラムです。
本実施をはじめた今年度は,1月~3月は毎月2回,4月以降は毎月1回,研究所に集まり,各自の調査研究に必要な講義を受けたり,研究計画の検討や調査の進行状況の報告,問題点に関する相談を行いながら,調査研究を進めています。
上級研修では修了生を2回送り出していますが,研修修了生は電子メール等で情報交換を継続し,それぞれの職場で研究会を開催したり,学会の研究会等で積極的に発信を行っています。研修を通じて築いた人間関係を基盤として,その輪を職場の同僚や多くの日本語教育関係者に広げていく修了生の活動こそが,研修の最も意義のある成果であると考えています。
(石井 恵理子)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。