国語研の窓

第36号(2008年7月1日発行)

暮らしに生きることば

うろ覚えのことば

普段何気なく使っている言葉の中には,漢字・意味・使い方など,うろ覚えのまま使っている言葉は意外と多いのではないでしょうか。特にインターネット上のホームページやブログでは,ほかの人のチェックを受けることなく自由に文章が書けるため ,うろ覚えの言葉がそのまま使われているのを目にすることも多くなりました。その中のひとつが「忘備録」です。

いつ何をしたか,どのようなやり方でやるかなど,自分自身のための記録をつけたサイトでよく使われている言葉です。特に違和感を感じない方も多いかもしれませんが,辞書では,「備忘録」だけが載っているか,「備忘録」の説明の中に補足として「忘備録」という表記が載っているだけという扱いになっています。それでも,「忘れたときに備えてつけておく記録」という意味はわかっているからこそ,素直にそのままの順番で「忘備録」としてしまうのだとすれば,「忘備録」を使う人が多いのも少しわかるような気がします。

しかし,インターネット上の文章はパソコンや携帯電話で漢字変換をして入力するのが普通です。「備忘録」はもちろんきちんと漢字変換できますが,いくつか試してみた範囲では「ぼうびろく」を「忘備録」と変換できるものは見当たりませんでした。手書きの場合ならともかく,わざわざ一文字ずつ漢字に変換してまで「忘備録」と入力しているのだとしたらちょっと不思議な感じもします。

さらには,「忘備録」の「ぼうびろく」という音をそのまま漢字変換してしまったような「防備録」や,その類似形「備防録」,そこから「忘れるのを防ぐ」と発展させたかのような「防忘録」「忘防録」など,「備忘録」と似たさまざまな表現が見つかります。

うろ覚えの言葉は,ほかの人が使っているのを見聞きしても,形・音・意味などが近いために,自分が使っているものと違うことに気づきにくいものです。漢字変換してもうまく変換できないときなど,ちょっと気にかけてみるといいのかもしれませんね。

(植木 正裕)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。