ことばの疑問

パソコンのキーボードは、なぜABC順・五十音順ではないのですか

2018.06.15 安岡孝一

質問

パソコンのキーボードは、なぜABC順・五十音順ではないのですか。

回答

アルファベット編

まずアルファベットのキー配列について説明しましょう。パソコンのアルファベットのキー配列は、タイプライターという機械が元になっています。英文タイプライターを作ったのは、アメリカのChristopher Latham Sholesという人で、1870年の時点ではABC順を少し改良したキー配列だったと考えられます。前半のABCDEFGHIJKLMを左から右に、後半のNOPQRSTUVWXYZを右から左に並べて、そこからAEIOUYの母音を上の段に取りだしたのが、このキー配列です。この時点のタイプライターは、大文字と数字と4種類の記号が打てるものでした。キーの数は38個でした(図1参照)。

図1: 1870年9月時点のキー配列(推定)

Sholesの後ろ盾だったJames Densmoreは、このタイプライターを、シカゴのEdward Payson Porterが経営する電信学校や、ニューヨークのGeorge Harringtonが経営する電信会社に売り込みました。でも彼らは、このキー配列のままではモールス電信を受信して書き写すのに都合が悪いので、改良をおこなうようSholesに要求しました。たとえば、Iは数字の1にも使うのですが、当時の年号「1871」が打ちやすいよう8のそばに移動しました。Tは英語では2番目によく使う文字なので、捜しやすいように上の段のまん中に移動しました。SをZとEの間に移動したのは、当時アメリカのモールス符号では、Zが「… ・」で表されていたからです。Sが「…」、Eが「・」で表されていたため、「… ・」を受信しても、それがZなのかSEなのか即座に判別がつきませんでした。そこで、続く文字を受信してから、ZかSEかをすばやく打つために、ZとSとEを近くのキーに並べておいたのです。この時点でのキーの数は42個でした(図2参照)。

図2: 1872年7月時点のキー配列

Sholesのタイプライターは、E. Remington & Sonsという会社から1874年に発売されましたが、この時にもキー配列が変更されました。数字の1と0を隣り合わせにするために、IがOのそばになりました。また、RがEのそばに移されたのですが、これは、英語でerやreという綴りが頻繁に使われるからだと考えられます。この時点でのキーの数は44個でした(図3参照)。

図3: 1874年7月時点のキー配列

1882年にはWyckoff, Seamans & Benedictという会社が、Remingtonのタイプライターの独占販売権を獲得したのですが、この時にもキー配列が変更されました。Mが下の段に移されたのですが、これは、Sholesが持っている特許を避けて別のキー配列に変えることで、Sholesに特許使用料を支払わないようにするためでした。この結果、上から順にQWERTYUIOP、ASDFGHJKL、ZXCVBNMという現在と同じアルファベットのキー配列が完成しました(図4参照)。

図4: 1882年12月時点のキー配列

つまり、初期のタイプライターではABC順を元にしたキー配列だったものが、たくさんの人がその時その時の変更を加えていくうちに、現在のパソコンのキー配列になったのです。したがって、それぞれのキーを移動させた理由はあっても、キー配列全体が1つの理由で説明できるわけではないのです。

カナ編

次にカナキーの配列についてですが、パソコンのカナキー配列は、カナタイプライターという機械が元になっています。1923年に、山下芳太郎とBurnham Coos Stickneyが作ったカナタイプライターが、その源流です。山下は、日本語から漢字を追放しカナ書きだけにしよう、という活動をおこなっていて、その目的のため単身ニューヨークに渡り、カナタイプライターを作ってくれるようUnderwood Typewriterという会社に頼みに行きました。そこで、Underwoodの技術者だったStickneyと、カナタイプライターのキー配列を考えたのです。

Stickneyは、五十音の各行をそれぞれ近くに集めておいた方がキー配列が覚えやすい、と考えました。そこで、アイウエオを上の方に、カキクケコをまん中に、サシスセソをその左下に、タチツテトをそのまた左に、という形で作っていったのが、このキー配列です。それぞれのキーに2つずつ文字が入っていて、数字やセソヘケなどはシフトキーを押しながら打つしかけでした(図5参照)。

図5: 1923年7月時点のカナキー配列

1952年に日本レミントンランドという会社が、アルファベットとカナの両方を打てるタイプライターを発売しましたが、この時にカナのキー配列は大きく変更されました。QWERTYUIOPを入れるため、小書きのィや記号などは削られました。ASDFGHJKLのために数字がいちばん上の段に移されて、小書きのァゥェォャュョなどは削られました。ZXCVBNMを入れるため小書きのッは削られ、セソヘケムメが右の方に追い出されました(図6参照)。

図6: 1952年12月時点のカナキー配列

1964年にはIBMが、アルファベットとカナの両方を使えるコンピュータ用のキーボードを製作しました。この時、ヲが削られてソが元の位置に戻りました。また、コンマやピリオドの位置を優先したため、ヌやロは別のキーに移されました(図7参照)。

図7: 「IBMモデル72電動カタカナタイプライター」のキー配列(1964年4月)

さらに1970年に電電公社(現在のNTT)が、小書きのァィゥェォャュョッを復活させて、ヲを追加したコンピュータ用のキーボードを作りました。全てのカタカナがシフトキーなしで打てるよう、ムやロや半濁点が移されました(図8参照)。この電電公社のカナキー配列が、現在のパソコンのカナキー配列です。ごく一部の記号を除いて、ほぼ全ての文字が、日本のパソコンのキーボードに受け継がれているのです。

図8: 電電公社「DT-211形データ宅内装置」のキー配列(1970年9月)

つまり、初期のカナタイプライターでは五十音順を元にしたキー配列だったものが、様々な会社がその時その時の変更を加えていくうちに、現在のパソコンのカナキー配列になったのです。したがって、アルファベットの場合と同様、それぞれのキーを移動させた理由はあっても、キー配列全体が1つの理由で説明できるわけではないのです。

書いた人

安岡孝一

YASUOKA Koichi
やすおか こういち●京都大学 人文科学研究所附属 東アジア人文情報学研究センター 教授。京都大学博士(工学)。
文字コード研究のかたわら、電信技術や文字処理技術の歴史に興味を持ち、世界各地の図書館や博物館を渡り歩いて調査を続けている。https://srad.jp/~yasuoka/journal で断続的に「日記」を更新中。

参考文献・おすすめ本・サイト

  • 安岡孝一(2003)「キー配列の規格制定史 日本編 ― JISキー配列の制定に至るまで」『システム/制御/情報』47巻12号、pp.559-564.
  • 安岡孝一、安岡素子(2008)『キーボード配列 QWERTYの謎』NTT出版
  • 安岡孝一(2014~2015)「タイプライターに魅せられた男たち ― 山下芳太郎」三省堂ワードワイズ・ウェブ(2014年9月~2015年6月)
  • 安岡孝一(2015)「「ECONOトリビア」QWERTY記事顚末記」『情報処理学会研究報告』Vol.2015-CH-106、No.2、pp.1-8.