ことばの波止場

Vol. 1 (創刊号 2017年3月発行)

特集 : 言語・方言が消えていく

言語・方言が消えていく

言語・方言が消えていく

2009年、ユネスコ(国連教育科学文化機関)は世界に6,000から7,000ある言語のうち約2,500が消滅の危機にひんしていると発表しました。この中には、日本で話されている8つのことば―アイヌ語、八丈語、奄美語、国頭語、沖縄語、宮古語、八重山語、与那国語―が含まれています。

しかし、消滅の危機にひんしているのは、これだけではありません。日本各地の方言もまた、消滅の危機にあります。消滅してしまう前にこれらを録音し、その特徴を分析して、記録を残しておこう、さらに、方言を次の世代に伝える活動を地域の人たちといっしょに行おうというのがこの研究の目的です。

消えつつある日本の方言

方言はなくなった方がいい?

消えつつある方言を記録し、次の世代へ伝える意義はどこにあるのでしょうか。中には、方言でしゃべっても通じないから、方言はなくなった方がいいという方もいらっしゃると思います。しかし、そもそもなぜ、方言はこれほど多様になったのでしょうか。おそらく地域の自然や生活、文化の中で、人々はいろいろなことをどう表現するかを考え、もっとも適した表現を選んでいった。その結果が方言の多様性なのではないかと思います。

方言から学ぶ

各地には方言でしか言い表せない事柄がたくさんあります。例えば、沖縄本島の西原地区には、「ティーダネーラスン」(太陽を萎えさせる)という表現があります。夏の暑い日に、「マフックァー アチサクトゥ ティーダ ネーラチカラ ハルカイイケー」(真夏の日中は暑いので、太陽を萎えさせてから畑に行きなさい)と言います。注)「太陽を萎えさせる」とはよく言ったものですが、ここには「ティーダ」(太陽)に対する恨みの気持ちは少しもありません。あるのは、太陽の力が少し弱まるまで、といった畏敬の念や、まるで友人をなだめるかのような親しみの気持ちです。「とても暑い」では言い表せない、「ティーダ」と沖縄の人たちとの関係が「ティーダ ネーラスン」には込められているのです。

ことばは、人間がこの世界をどう考え方、どう感じているかを考える入り口です。方言から学ぶことは多いのです。

注)狩俣繁久「琉球方言から考える言語多様性と文化多様性の危機」NINJALフォーラムシリーズ第3回『日本の方言の多様性を守るために』

PROJECT 03 日本の消滅危機言語・方言の記録とドキュメンテーションの作成

特集 : 国語研では、いま、何を研究しているのか? 始動する「最先端基幹プロジェクト」

木部暢子
KIBE Nobuko
きべ のぶこ●言語変異研究領域 教授。専門領域は日本語学、方言学、音声学、音韻論。鹿児島大学法文学部教授を経て、2010年4月から現職。