第4号(2000年7月1日発行)
漢字を当てることで、ことばの形や意味に思わぬ変化が起こることがあります。例えば、「堪能(たんのう)」ということば。(1)「外国語に堪能だ」、(2)「芝居を堪能する」。(1)の何かに優れているという意味と、(2)の何かに満足するという意味が、同じ「堪能」ということばで表されているのは、考えてみれば不思議です。これは、もとは別々のことばだったものが、同じ漢字で書かれるようになったために、一つのことばであるかのようになったものです。
(1)は、古くに中国から日本語に取り入れられたもので、「カンノウ」と読まれていました。(2)は、もとは日本語の「足(た)りぬ」で、「ぬ」は完了の助動詞。「満ち足りた状態」という意味でした。「たりぬ」が「たんぬ」の形に、さらに音を変えて「たんの」「たんのう」となりました。「たんのう」という形になってしまうと、語源が「足りぬ」であることは忘れられてしまいます。江戸時代から、このことばに漢字が当てられることも多くなり、「湛納」「堪納」などとともに、「堪能」を当てた例も見られるようになります。「堪」には本来「タン」の音はありませんでしたが、「湛」を「タン」と読むことなどから類推して、当てられたもののようです。
「たんのう」が「堪能」と書かれるようになったために(1)の「堪能」も、「たんのう」と読むことが一般的になりました。
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。