国語研の窓

第7号(2001年4月1日発行)

ことば・社会・世界:世界の言語研究所

国立国語研究所は、「国語及び国民の言語生活に関する科学的調査研究を行い、あわせて国語の合理化の確実な基礎を築くための事業を行う機関」として、1948年に設立されました。簡単に言えば、次の三つが国立国語研究所の活動の柱だということです。

  1. 日本語がどのような言語であるかを科学的に解明する。
  2. 日本国内の言語事情を客観的に把握する。
  3. これら二つの作業を基礎に、国内における言語的異質性による混乱を克服するための「言語の標準化」のあり方について考える。

世界には、国立国語研究所と同様、ことばに関する調査研究を行う公的な研究機関が数多くありますが、その多くが上の三つの事柄――「言語そのものの研究」「言語事情の把握」「言語の標準化に関する研究」――を活動の柱にしています。

例えば、隣国の韓国には、「国語及び国民の言語生活に関する科学的調査研究を通じて、国語合理化の基礎を築くとともに、国民の文化生活の向上に貢献する」ことを目的として設立された「国立国語研究院」(1991年設立)という研究所があります。国立国語研究院では、このような設立目的にのっとり、『標準国語大辞典』の編纂や、ことばの実態調査及びことばの標準化に関する調査・研究が行われています。特に、『標準国語大辞典』の編纂は、国立国語研究院の代表的な事業で、ハングル綴字法や標準語規定を辞典という形で具体化したものです。

韓国は、日本と同様、民族や言語の多様性の度合いが高くない国であり、国立国語研究院の設立目的も日本の国立国語研究所とほぼ同じになっています。ただ、日本と異なるところは、「国語醇化」(漢語や外来語の排除)と「ハングル専用」(漢字の排除)ということが大きな流れとしてあるということです。このことを反映して、国立国語研究院でも、語彙や表記をどのように整理していくのがよいかという問題意識のもと、数多くの言語の実態調査が行われています。

もう一つの隣国である中国には「中国社会科学院・語言研究所」(1950年設立)、「語言文字応用研究所」(1984年設立)という二つの研究所があります。現在では、語言研究所はアカデミックな言語研究、語言文字応用研究所は応用言語学的な観点からの言語政策に関する調査・立案(例えば「全国言語文字使用情況調査」の実施)という役割分担がなされていますが、語言研究所の設立当初の任務は、中国語の標準化の推進――標準語(中国語では「普通話」)の普及と文字改革(簡体字化)――にありました。設立が中華人民共和国建国(1949年)の翌年であることからも、多くの民族を抱え、同じ漢民族でも方言間の差異が著しい(例えば北京語と広東語は別の言語と考えてもよいほど異なる)中国にあって、言語の標準化が新国家建設における最重要事項の一つとして認識されていたことがわかります。また、語言文字応用研究所の設立も、改革開放と近代化によって社会が大きく変化し、それにともない新語・外来語の増加、専門用語や文字の標準化といった新たな問題が生じてきたことがその背景にあります。

中国は広大な面積を有する国です。それだけに、社会の変化の速度も地域によって異なり、経済面のみならず、語彙の面でも地域間の格差が大きくなっています。その意味では、国内における言語的異質性の問題は、日本よりもはるかに深刻な問題だといえます。

ここでは、韓国と中国の言語研究所を紹介しましたが、世界各国の言語事情は様々です。インドやインドネシアのように、民族や言語の多様性の度合いが高い国では、そもそも何語を公用語あるいは共通語とするかということから問題になります。また、移民が多いアメリカやオーストラリアでは、多くの文化や言語をいかにうまく共存させるかが重要な問題になります。

世界各国の言語事情、及び各国の言語研究所の役割については、次の文献を御覧下さい。(韓国・中国の研究所に関する詳しい紹介もあります。)

  • 第1回国立国語研究所国際シンポジウム報告書『世界の国語研究所―言語問題の多様性をめぐって―』(1996年)
  • 「世界の言語研究所(1)~(8)」国立国語研究所編『日本語科学』第1~8号(1997~2000年)

(井上 優)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。