国語研の窓

第8号(2001年7月1日発行)

ことば・社会・世界

「学ぶための日本語」から「生きるための日本語」へ─外国人受け入れ事情の変化と日本語教育─

一昔前までは日本語を国内で必要とする外国人は留学生と技術研修生、それに所謂専門職につく外国人ビジネスマンとその家族といった、比較的短期間に限られた特定の滞在目的をもつ人に限られていましたが、ここ10年ほどでその様相は変わりました。1970年代から既にインドシナ難民、中国帰国者受け入れが始まっていましたが、平成元年からは「出入国管理及び難民認定法」改正により日系二世、三世等の定住者が増加し、また、日本人の配偶者である等、様々な理由で長期滞在する人が増え、次第に外国人の滞在理由は就業や生活の基盤を日本に置く長期滞在のものへと移行しています。これらの外国人居住者は複数世代で一緒に住むことが多く、家族での安定した日本長期滞在が可能になるにつれ、日本語を必要とする世代が児童から高齢者まで全ての世代に及ぶようになってきています。日本は外国人居住者の受け入れに関しては、外国人居住者や移民が社会の重要構成層をなす欧米諸国に近づきつつあるといえます(表参照)。

表 在留資格別外国人登録者の推移
表 在留資格別外国人登録者の推移

法務省 ホームページ http://www.moj.go.jp/ プレスリリース
「平成11年末現在における外国人登録者統計について」
「平成10年末現在における外国人登録者統計について」を基に作成

*1 企業内転勤に数えられるのは、外国にある本店から日本国内にある支店等に転勤し、又は外国にある日本企業の子会社、支店等からその企業の日本国内の本店等に勤務して、技術の在留資格、又は人文知識、国際業務の在留資格に該当する活動を行おうとする外国人である。

*2 定住者に数えられるのは、主にインドシナ難民、日系二世、三世等に在留資格が与えられる事業を営んだり、就労したりする外国人である。

日本への留学事情も変化しており、従来からの国費留学だけではなく、私費で留学を希望する学生も増えてきました。特にアジアの学生にとって日本は、アメリカやオーストラリアと並んでもっとも留学したい国の候補となっており、同じアジア文化圏で高等教育を受けることのメリットも海外で浸透してきています。卒業後専門を生かし日本で就職する例も増えてきており、留学生は単に「小さな大使」であるだけでなく日本社会における将来の知的産業層を担う重要な存在になってきています。

このような社会情勢の変化に伴い、日本語教育の内容と方法も、従来の短期滞在型の学習者が対象のものから、定住型の学習者に適するものへと多様化してきています。具体的には、まず教育の場が、高等教育での留学生センターや日本語学校といった、「閉じた教室」だけに限らず、小・中・高等学校のような普通教育や地域行政組織とボランティアを中心とする生涯教育へと広がるようになりました。特に地域行政組織は、どうすれば外国人居住者が地域で生活しやすくなるのか、そのためには何をとう教えればいいのか、ということを日本語教育の専門家を交えて検討するようになってきています。日本人、外国人を問わず、言葉は住民の生活を安定させるのに欠かせない基盤であり、文化的生活を豊かにする必須のものであるという理解が広がってきているともいえます。

日本語教師の関心も日々変化しています。教師は以前から、日本語の構造の理解と効果的な教授方法の開発に努めてきましたが、現在ではそれに加え、学習者が所属している地域社会が、彼らとどう関わっているのかについて、学習者の視点を持ってより深く理解するよう努めています。教室内で習ったことは外の実社会と結びついていなければ役に立たない、という認識が、日本語教師間に浸透してきているのです。

しかし、このような対応だけではすぐには解決の糸口の見えない問題が国内で起きているのも事実です。例えば特定のエスニックグループが集中して居住している地域の中には、日本語があまりしゃべれなくとも母語で最低限の生活は出来るようになっているところが出てきたり、逆に外国人児童が普通教育を受けると日本語は出来ても家族と話すための母語の力が弱くなってしまったりする現象も現れています。

幸いにも日本語教育に関心を持つ人は減少することもなく、また外国人居住者を住民に抱える地域行政組織等も、外国人受け入れ態勢の整備に積極的です。普通に外国人と接することが当たり前になった日本で、日本語教育に従事する人々は、どのような教育であれば学習者がより安定した生活ができ、より充実した文化的生活を送れるのか、それを実現する具体的な方法は何かを日夜考え、研究と教育実践の場でそれぞれの課題に取り組んでいます。

(菅井 英明)

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。