第9号(2001年10月1日発行)
最近、若い人を中心に「彼氏」「美人」などの言葉が、昔とは違って平らなアクセントで発音される傾向が見られます。これはどういうことなのでしょうか。アクセントとは何かということも含めて、順に見ていくことにしましょう。
「雨」と「飴」はどちらも「アメ」と読む同音異義語ですが、実際に声に出して読んでみると、声の高さにはっきりと違いが出ます。NHKのアナウンサーなら、「雨」は「ア」が高く「メ」が低い、反対に「飴」は「ア」が低く「メ」が高い、ということになるでしょう。このように、声の高さの高低として捉えられるのが、日本語のアクセントの特徴です。
とはいえ、アクセントには地域差がありますので、ここではNHKのアナウンサーが話すような標準的なアクセントをとりあげることにします。
それでは、「ア」や「メ」のように仮名一字で表される音の一つひとつについて、ここは高い、ここは低いと決っていることがアクセントなのでしょうか。
実は、そうではありません。言葉として大事なのは、むしろ声の高さが高から低へと変化する下がり目の方なのです。個々の単語にこのような下がり目があるのかないのか、あるとすればどの位置にあるのか、ということがアクセントとしては重要です。アクセント研究の世界では、下がり目のあるものを起伏式アクセント、下がり目のないものを平板式アクセントと呼んで区別しています。
例えば、「イノチ(命)」は高低低、「ココロ(心)」は低高低のように、高から低への下がり目がありますから、アクセントはどちらも起伏式です。これに対して、「オトコ(男)」「サクラ(桜)」は低高高で下がり目がありませんから、両方とも平板式と言いたいところですが、これらに助詞の「が」を付けてみてください。「オトコガ」は低高高低、「サクラガ」は低高高高となって、明らかな違いが現れます。
「オトコ」は語末の「コ」の後に下がり目がありますので、実際は起伏式だったわけです。結局、助詞を付けても最後まで下がり目の現れない「サクラ」だけが平板式ということになります。
「トショカン(図書館)」のアクセントを例にとりましょう。この語はもともと「ショ」の後に下がり目のある起伏式アクセントだったはずですが、最近では平板式の発音も多く聞かれるようになりました。読者のみなさんの発音はいかがでしょうか。このように、従来、起伏式で発音されていた語のアクセントが、平板式に変化していく現象を指して「アクセントの平板化」と呼んでいます。
東京の言葉を中心に、アクセントの平板化は大きな流れとなって進行しています。それでは、このような変化はなぜ起こるのでしょうか。難しい問題ですが、まず考えられるのは、記憶の負担や発音の労力を軽減して、「コスト削減」あるいは「省エネ」で行こうということです。起伏式の場合、個々の単語ごとに下がり目の位置を覚えなければなりませんが、平板式はその必要がありません。また、下がり目が無ければ、発音の労力もその分だけ減って楽になるということでしょう。
ところで、「サーファー」「モデル」「バイク」「ビデオ」といった外来語のアクセントの平板化については、「専門家アクセント」という面白い指摘があります。平板化がいち早く起こるのが、その単語を普段からよく使う人たちの間であり、ある種の単語のアクセントを平板化することが、その分野によく通じていることの目印になるというのです。また、例えば「バイク」を平板式で発音する人たちの間には、仲間意識が育つことにもなるといいます。
起伏式アクセントは、平板式に比べて確かに際立って聞こえます。それを平板化して滑らかに発音すれば、どこか特別扱いを解除したような気分になるのでしょう。ある種の単語を発音の面でも自明のようにさらりと扱うことが、自分が専門家であるとアピールすることにつながる、そんな意識が働いているのかもしれません。
(相澤 正夫)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。