第19号(2004年4月1日発行)
日本語を勉強している知り合いの外国人が,「『主人』は差別的な言葉だ。」と言うのですが,これはどういうことですか。
「主人」に「一家の中心」や「使用人が仕える対象」という意味があることを知り,そんな言葉は使いたくない,と思う外国人は少なくありません。特に男女の区別を職業名などから排除する動きの強い国から来た人はこの言葉に驚くようです。
日本では,平成11年に男女共同参画社会基本法が公布・施行されました。その後,男女が互いを尊重し性別にかかわりなく個性・能力を発揮できる社会を作るため,様々な取組がなされています。その一つに,性別を限定する職業名や性別による優劣を連想させる表現などをほかの言葉で言い換える動きがあります。例えば,「看護婦・看護士」を「看護師」に,「サラリーマン,OL」を「会社員」に,「女医」を「医師」に,「主人」を「夫」に,などです。「看護婦・看護士」は,平成14年に法律によって正式に「看護師」に改められました。しかし,日常生活の中では「看護婦」を使う人がまだ多いようです。
今まで慣れ親しんできた言葉をほかの言葉に置き換えるのはそうたやすいことではありません。特に「主人」や「御主人」といった言葉は身近な人間を指す言葉ですし,個人的話題の中で使われることが多いため,ほかの言葉への置き換えは余り進んでいません。
配偶者を表す中立的な言葉としては,「夫,妻,つれあい,パートナー」が挙げられますが,特に迷うのは,相手方の配偶者について触れる時です。「御主人,奥さん」の代わりに「おつれあい(さま)」という言葉を使う人もいますが,まだまだ少数派です。
今の時代に,主従関係を意識して「主人」を使っている人などいないのだから,「主人」を使えばいいと考える人もいます。しかし,何げなく使っている言葉が,性別による固定的な役割意識や,優劣のイメージを醸成するおそれがあるのだということは知っておく必要はあるでしょう。個人が「主人」を使うかどうかはその人の判断に任されることですが,最近は,窓口などで「御主人」を使うことに対し,職員に注意を促している自治体も出てきています。これは,男女共同参画社会作りのための努力が言葉の使用においても少しずつ広がっていることのあらわれであり,こういった変化は今後,私たち個人の言葉の選択にも次第に影響を与えていくでしょう。
(金田 智子)
『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。