国語研の窓

第19号(2004年4月1日発行)

第19回「ことば」フォーラム報告

第19回「ことばを探す―語彙(ごい)の世界に遊ぶ―」

第19回「ことば」フォーラムは,2月21日(土)国語研究所講堂で開催されました。当日は冬としては穏やかな日和に恵まれ,201名の参加者をお迎えすることができました。

今回の「ことば」フォーラムは,国語研究所が今年1月末に刊行した『分類語彙表―増補改訂版―』の紹介も兼ねて,日本語の語彙の広がりや特徴について,身近な例をもとに考えるという主旨で行いました。なお,今回は,北区教育委員会との共催で,『分類語彙表』の出版元である大日本図書株式会社からの協賛を頂きました。

第1部では,以下の三つの講演を行いました。

「語彙の世界とは」(国立国語研究所員・山崎誠)

山崎は,語の集まりである「語彙」という考え方を紹介しました。特に一つ一つの語が他の語と意味的な関係を持ったまとまりである「語彙体系」について,親族語彙などを例として説明しました。さらに語彙体系の特徴として,固定的なものでなく流動的であること,生活様式によって影響を受けるため個人差があること,科学的な側面よりも人間的な側面を重視する体系であることの3点を指摘しました。

「言葉に遊ぶ」(作家・神津十月(こうづかんな))

神津氏は,御自身の言語形成に影響を与えた人物として祖父・中村正常氏(ナンセンス文学の作家)と無着成恭氏とのお二人を挙げて幾つかのエピソードを紹介されました。「鬼を見たこともないのに『鬼のように怖い』などという言い方をするな」。正常氏はこのような接し方で,手あかの付いた決まり文句を避け,自分の言葉で表現することの大切さを教えてくれたと言います。

また,神津氏は,世代による語彙の違いを挙げ,若年層の語彙が貧弱になっているのではないか,ということを指摘しました。例えば,子供が親に「怒られる」「しかられる」という場面では,かつては,「お目玉を食らう」「雷を落とされる」「お小言(こごと)を食らう」「説教される」「諭される」など,状況に応じた使い分けがあり,その言葉を聞いただけで,どの程度のことでどのくらい怒られたのか,場面が想像できたが,若い世代は状況にかかわらず「怒られる」という一つの言葉だけで済ますようになって,もっと的確な言い方があるのにそれが使えなくなってきていることへの憂慮を示しました。

「分類語彙表とは」(京都橘女子大学客員教授・宮島達夫)

宮島氏は,『分類語彙表―増補改訂版―』の刊行に当たり,原編者の林大氏とともに,編纂(へんさん)の中心的役割を担ったお一人です。宮島氏は,五十音順の辞書と違い,意味によって分類・配列されている「シソーラス」(類義語集)の利点を説明しました。

また,『分類語彙表』以外にも,近代的なシソーラスの元祖とも言える,イギリス人P.M.ロジェによるシソーラスや日本で出版された類語辞典を挙げ,それらの特徴を紹介しました。

第19回「ことばを探す―語彙(ごい)の世界に遊ぶ―」

第2部のパネルディスカッションでは,会場からの質問票による質問や意見をもとに,3人の講演者が語彙をめぐる話題について話し合いました。

会場からは,「辞書のことをなぜ『字引』と言うのか」「語彙を増やすにはどうしたらいいか」「日本語で一番好きな言葉は」など幅広い質問が寄せられました。

神津氏は,語彙を増やすための一つの方法として,古くから伝わる言葉の豊かさを再認識することを提案されました。そして,「松杉(まつすぎ)を植える(=そこに骨をうずめる)」「かげのぞきもしない(=ちっとも顔を見せない)」など味わいのある江戸語を紹介されました。

なお,今回のフォーラムでは,講演者が話した言葉をほぼ同時に漢字仮名交じりの文章にして会場の画面上に映し出す同時字幕システムを導入しました。結果は良好で来場の皆様から多くの好評を得ることができました。

(山崎 誠)

  第19回「ことば」フォーラム:http://www.ninjal.ac.jp/archives/event_past/forum/19/

『国語研の窓』は1999年~2009年に発行された広報誌です。記事内のデータやURLは全て発行当時のものです。