オノマトペにも方言があるのでしょうか。

オノマトペにも方言があります。
「オノマトペ」は、擬音語(音を表す語)・擬態語(様子を表す語)などと呼ばれることもあり、日本語は擬態語が多いと言われることがあります。日本語には、時代による違い、地域による違い、話しことばと書きことばによる違いなどがあります。方言のオノマトペは、古典語や現代共通語のオノマトペと関連している場合があります。
方言のオノマトペは、現代共通語のオノマトペと比べると、語形も意味用法も多様です。中には、共通語と同じ語形でも意味が違っているものや、共通語とは違う語形、共通語に翻訳しにくい独特の意味のものが使われていたりします。
以下では、全国各地で刊行されてきた方言辞典にもとづいて、具体的な語形や意味をみてみましょう。
グラグラ、サラッ、メソメソ、ザクザクと言われたら、どんな意味を表していると思いますか。共通語ではそれぞれ、位置が安定しない様子(グラグラ)、表面がなめらかで乾いた様子(サラッ)、泣きべそをかく様子(メソメソ)、小石を踏み歩く音や野菜などを切り刻む音(ザクザク)を表しますが、方言ではどうでしょうか。
グラグラは、北九州地方(福岡・佐賀・大分)の方言では、激怒するさまを表します。

「もー、たいがいグラグラこいたばい」
(もういいかげん頭にきたよ)
サラッは、東北地方(岩手・宮城)の方言では、悪寒が起こるさまを表します。
メソメソは、中部地方(長野・静岡)の方言では、日暮れ時や日が暮れるさまを表します。

「メソメソまで畑の草をとっていた」
(日暮れまで畑の草を取っていた)
ザクザクは、四国地方(香川・徳島)の方言では、脈打つように痛むさまを表します。
「けがしたところが、ザクザクして、いとうていかん」
(怪我したところが、ずきずきして、痛くてだめだ)
このように、共通語と同じ語形でも、方言では意外な意味で使われている場合があるのです。
グラグラやメソメソのようなくり返し語形は、オノマトペ研究では「ABAB型」と呼ばれます。方言にも「ABAB型」がありますが、次の表のように、独特の語形がたくさんあります。
| ABAB型 | 意味 | 地域 |
|---|---|---|
| キトキト | 元気で新鮮なさま | 石川・富山・宮崎 |
| キヤキヤ | 腹や胸が痛むさま | 岩手・秋田・静岡・徳島・香川・愛媛 |
| グェーグェー | 衣類がひどく汚れているさま | 沖縄 |
| ケソケソ | 落ちつきのないさま | 東北地方・徳島・福岡・長崎 |
| シカシカ | 肌や喉に軽い痛みを感じるさま | 岐阜・静岡・愛知・京都 |
| ソーソー | 液体が流れるさま | 沖縄 |
| ソクソク | 静かでゆっくりするさま | 千葉・東京・新潟・富山・岐阜 |
| ゾンゾン | 寒気のするさま | 愛知・島根・岡山・四国地方 |
| チャガチャガ | 混乱するさま、落ち着かないさま | 茨城・富山・石川・福井・岐阜 |
| ドベドベ | ぬかるんでいるさま | 石川・福井・長崎・熊本 |
| ニシニシ | 腹が痛むさま | 香川 |
| ハカハカ | 激しい動悸がするさま | 東北地方 |
| ハスハス/ハツハツ | かろうじて達するさま | 静岡・徳島・福岡・長崎/愛知・山口・愛媛・高知 |
| ホーホー | ちやほや世話をするさま | 徳島・高知 |
| ホタホタ | にこにこするさま | 富山・福井・静岡・岡山・高知 |
| ワニワニ | ふざけて調子に乗る | 山梨 |
| ワラワラ | 急いで動くさま | 東北地方・神奈川・山梨・静岡 |
【表のみかた】語形が/で区切ってある場合、同じように/で区切ってある地域や意味に対応しています。
ABAB型のほかにも、ポリカリ(鳥が穀物を食べる音・岩手)、デジコジ(長短が不揃いなさま・中部地方)などのように、2音目の「リ」や「ジ」などがくり返されるABCB型と呼ばれるタイプもあります。ABAB型やABCB型のような語形は共通語にもあり、その様子がそれなりの長さで持続することを表しています。
くり返し語形のほかに、共通語と同様、語末がリやラ、促音(ッ)、撥音(ン)になる語形もあります。次の表で、共通語ではあまり見かけない語形や意味用法を紹介します。
| 語末 | 語形 | 意味 | 地域 |
|---|---|---|---|
| リ(※イ) | ズッパリ / ズンバイ | じゅうぶんにあるさま | 北海道・東北地方 / 宮崎・鹿児島・沖縄 |
| ムッタリ | わき目もふらず一生懸命なさま / 混乱したさま | 北海道・東北地方 / 石川・福井 | |
| ハンナリ | 明るく晴れやかなさま | 京都・大阪 | |
| ホッコリ | あたたかいさま、懸案のことがかたづいてすっきりしたさま / うんざりしたさま | 富山・福井・滋賀・京都・大阪 / 福井・滋賀 | |
| ゾップイ | ずぶ濡れになるさま | 宮崎・鹿児島 | |
| ガッツイ(ガットゥイとも) | ぴったりするさま | 宮崎・鹿児島 | |
| ラ | グイラ(ゴイラ、ボイラとも) | 出来事が急に起こるさま | 東北地方・栃木・群馬・埼玉 |
| トンボラ | まばらなさま | 大分 | |
| 促音 | ヒョカッ | 急に動くさま | 佐賀 |
| バフッ | おおざっぱにまとめるさま | 岩手 | |
| ソコッ | 静かにこっそりするさま | 北海道・東北地方 | |
| 撥音 | コソン | こっそりするさま | 愛知 |
| トホン | 呆然とするさま | 東北地方 |
※九州地方南部では、「リ」のラ行子音が脱落した(イで終わる)語形が用いられることがあります。
共通語と異なるオノマトペが各地の方言にあるのは、なぜでしょうか。共通語では表現できない感覚を表す方言オノマトペもありますが、ほかにも理由がありそうです。
方言には、古典語から引き続き使われ続けたとみられるオノマトペがあります。たとえば、上記のキヤキヤ、ソクソク、ホタホタ、ハンナリ、ホッコリなどは、古典語にも同様の用例があります。共通語では使われていなくても、各地の方言では、古典語とほぼ同じ意味で使い続けられている場合があるということになります。
ただし、よく調べてみると、複数の意味を表していた古典語のオノマトペもあって、現代にそのすべての意味が引き継がれているわけではなさそうです。たとえばホッコリは、1600~1800年代の用例をみると、「あたたかそうなさま」「柔らかいさま」「色が明るいさま」「懸案のことがかたづいてすっきりしたさま」「うんざりするさま」などの意味を表していました(『日本国語大辞典(第二版)』小学館)。このうち「あたたかそうなさま」「懸案のことがかたづいてすっきりしたさま」「うんざりするさま」が、北陸や近畿の方言に引き継がれたと考えられます。
その中から、さらに発展的に生じたと考えられる用法もあります。近年、全国で使われている「心温まるエピソードにほっこりした」のような用法は、2007年までに刊行されたオノマトペ辞典類には掲載されておらず(注)、2013年3月実施の「国語に関する世論調査」(文化庁)では「聞いたことがない」と回答した人が全国で28.6%であることから、最近になって使われ始めた用法と考えられます。また、近畿で「聞いたことがある」と回答した人は87.2%、「使ったことがある」は50.3%で、どちらも全国最多ですので、近畿で「あたたかいさま」から新しくこの用法が生じて、全国に広まってきたものとみられます。

もう一つ、「音象徴」の地域差が、独特の語形が使われる原因になっている可能性があります。「音象徴」とは、おおざっぱに言うと、発音にまつわるイメージです。感覚と強く結びついているオノマトペにとって、「音象徴」は重要です。たとえば、東北の方言は、ジとズの区別、イとエの区別があいまいになることがあるので、そのような特徴を持たない共通語やほかの方言と比べると、「音象徴」のありかたが異なり、独特のオノマトペが使われる可能性があります。
さらに、オノマトペを「もと」として、新たな名詞や動詞・形容詞を作り出す現象にも、さまざまな地域差が確認されています。それらの生産性(語を作り出す力)が、方言のオノマトペの存在を下支えしていると考えられます。
…と、ここまで説明してきましたが、方言のオノマトペについては、まだまだわからないことがあります。これからも、全国の方言を調査して、ていねいに分析していく必要があります。